「旅立ち」レニ＆かえで　（11/05月作成）

昼下がりの帝劇の庭にレニは居た。
いつものようにベンチに腰掛け、可愛がっているフントの頭を撫でながら。
「─レニ、ここに居たのね」
どうやらレニを探していたらしいかえでが声を掛ける。
「かえでさん」
「隣、良いかしら？」
「うん」
レニが頷いたのを見てその隣に腰掛けるかえで。
初夏らしい爽やかな風が吹き抜け、しばし心地良い陽気に身を置く二人。
暫くして、レニが言った。
「…今度の休みに紐育に行こうとしている件。その事でボクを探していたんでしょ？」
「ええ」
「どういう心境の変化だって事？」
そう問うレニの目を真っ直ぐに見つめ返して、かえでが答える。
「あなたに回りくどい言い方は必要ないでしょうから、正直に言うわね」
「うん」
「この前の都市迷宮化事件の時に確かにあなたたちの関係は変わったかもしれない。でも、自ら会いに行こうと思えるまで関係が改善されたとは思えないの」
「”欧州星組としての仲間意識が芽生えるとは思えない”それは、至極最もな意見だと思う」
かえでの言わんとしている事をまとめ、淡々とそう述べるレニの表情は変わらない。
「─でも、それを自分の過去としてようやく受け容れたボクが居る」
一度俯いてから顔を上げ、ハッキリと言ったその言葉には明確なレニの意志が宿っているように聞こえる。
レニにとってはこの帝国華撃団こそが自分を変えてくれた大切な存在であり、心を委ねられる場処で。
欧州星組という過去と決別する事はあっても、受け容れる事はないと思っていた。
「だから、今のあなたが会いに行きたいのね？」
言葉を繋いで、そう聞き返したかえでに頷くレニ。
そのレニの真っ直ぐな表情に安心したのかようやく笑顔を見せるかえで。
「そう。それなら、安心だわ。楽しんでらっしゃい。織姫も一緒なんでしょ？」
かえでの言葉にレニも笑顔で応える。
「うん。独りだとやっぱりちょっと不安で、ボクが誘ったんだ」
「そうみたいね。織姫がとても嬉しそうに言ってたもの。レニから誘われたのは初めてだって」
そう言われて恥ずかしいのかレニの顔が赤くなる。
「織姫はすぐにそうやって騒ぐんだから」
”不安”をきちんと言葉に出せたり、こんな風に顔を赤くしたり。
昔のレニだったら、考えられないようなことも普通に出来ている。
レニだけではない。
きっと皆も変わったのだ。
それが確信に変わってかえでの言葉になる。
「今のあなたたちなら大丈夫。きっと、過去を分かち合えるわ」
「ボクたちをずっと見てきてくれたかえでさんが言うなら間違いないね」
そう笑顔で言った後、レニが躊躇いがちに言った。
「…本当はかえでさんも誘おうと思ったんだ」
「私も？」
「うん…。だって、ボクたちはかえでさんに迷惑ばかり掛けていたから。今のボクたちを見せる事で安心して欲しかったんだ」
「レニ…」
レニの気持ちにかえでの胸が詰まる。
思わず、レニを抱きしめる。
「ありがとう、レニ」
「ううん。お礼を言わなきゃいけないのはボクたちの方だ」
照れ臭そうにはにかみながらレニが言う。
「でも、織姫と一緒に紐育に行ってラチェットや昴たちとちゃんと話して。帝劇に帰って来る時までお礼は言わないでおくね」
かえでさんにちゃんとお礼を言えるように頑張るからとレニ。
泣きそうになるのを堪えながら、笑顔でかえでが返す。
「ええ。お土産話も楽しみにしてるわ」
「うん。うまく話せるか自信は無いけど、いろいろ見てくるね」
「気を付けて行ってらっしゃい」
「うん。行って来ます」
これほど清々しい空があるだろうかという澄んだ青空は、新たな旅立ち…新たな関係の始まりを後押ししているようにも見えた─。