紐育の冬は寒い。
天候によっては雪が腰の高さほどまで積もることもある。
しかし、この寒さが澄んだ空気をもたらしてくれているのも事実で、夜などは星が一層綺麗に見られるのだった。
そんな紐育の冬の、シアターからの帰り道。
並んで歩く新次郎と昴。
「…寒いですね、昴さん」
「…冬だからね」
「そうですね…」
建物の間を吹き抜けてきた風に思わずマフラーで口元を覆う新次郎。
「…………」
そんな新次郎とは対照的に顔色一つ変えずに歩く昴。
「…本当に寒いですね、昴さん」
数分も経たない内に昴をチラと見て新次郎が言った。
「…昂は言った。大河は結構だらしがない…と」
寒さに根を上げてる様子の新次郎に呆れ顔の昴。
「え?え?」
「それとも、酷い寒がりなのかい?」
「ち、違いますけど…」
「それじゃ、だらしがないのか」
「ち、違います!寒いのは平気ですよ!…じゃなくて、えっと…。その…何でもないです…」
誤解を解こうとするも、何やら口篭もる新次郎。
「そうかい?」
昴はそんな新次郎を追及する気はないようだ。
あっさりと引き下がった。
「はい…」
しかし、新次郎はその昴の態度に妙にガッカリしているように見える。
ハァとため息をついて前を向いた。
そんな新次郎を意味有りげに見つめる昴。
トボトボと歩く新次郎に寄り添うように近付いて、新次郎のコートのポケットに自分の手を入れた。
唐突な昴の行動に思わず立ち止まる新次郎。
鳩が豆鉄砲を喰らったかのような顔をしている。
「少し手が冷えてしまった。君のポケットを貸してくれるかい?」
次の瞬間。
一気に紅潮する新次郎の顔。
その上、直立不動になって。
「は、はい!喜んで!」
そんな新次郎にくすりと笑う昴。
「大河、それでは歩けないよ」
すっかり固くなって”気を付け”の姿勢の新次郎に昂が言う。
「あ…。そ、そうですよね」
とは言ったもののどうしていいか分からない新次郎。
「そうだね。じゃあ、こうしようか」
昴はそう言うと新次郎のコートのポケットから手を出して、新次郎の手を握った。
「す、昴さん?!」
「この方が歩きやすいだろう?」
先ほどからの昴の行動にすっかり振り回されている新次郎。
ドギマギして目が泳いでしまっている。
「そう…ですけど」
「それとも、大河は僕とこうするのは嫌かい?」
「そんな!滅相もない!」
目一杯、否定する新次郎。
勢い余って。
「むしろ、こうしたかったっていうかっ!…っ!」
あっ…と口をつぐむ新次郎にフッと笑みを零す昴。
「やっと言ったね、大河」
昴のその言葉に意外そうな顔をして新次郎が問う。
「き、気付いていたんですか?昴さん」
「僕が気付いていないとでも思っていたのか?」
不敵に笑う昴。
「ぼく、何も言ってなかったですし…」
「言えなかった、の間違いだろう」
「うぅ…」
図星を指されてすっかり小さくなる新次郎。
それでも、気を取り直して昴に問う。
「でも、本当にどうして判ったんですか?昴さん」
新次郎のその問いに扇子をパチンと鳴らすと昂が言った。
「それが解らないようじゃ君もまだまだだな」
「え?」
「ま。大河だしね」
「…って、昴さん。それ答えになってないです…」
「教えて欲しいかい?」
「はい…」
「……自分で導き出す前に答えを聞くのはつまらないだろう?だから、ヒ・ミ・ツさ」
「そんな~~~」
情けない声の新次郎。
今をときめく紐育華撃団・星組隊長候補も昴相手ではすっかり形無しの様子。
もっとも、昴相手に上位に立てる人間はそういないと思うが。
「…なぁ、大河」
「はい」
「今年の冬は暖かいね」
「え?そうなんですか?」
「ああ。とても温かいよ」
そう新次郎を見つめる昴。
(君とこうしたかったのは僕も同じだからね)
「?」
昴の言葉の意を解ってない様子の新次郎。
「フフ、やっぱり大河は大河だな」
「?何がです?」
「何でもない。帰ろう、大河」
「はい、昴さん」
二人で手を繋ぎながら歩く冬の帰り道。
手から伝わるその温度は心までをも暖めて。
だから、──紐育の冬は温かい。