『再会-La Reunion-』大神×グリシーヌ前提 巴里前夜ネタ(05/12月作成)


1926年9月。
巴里。
モンマルトル、サクレ・クールの丘。
白亜に輝く聖堂は仏蘭西国のキリスト教に対する崇拝の象徴だと言う。
その輝かしく美しい聖堂の建つこの丘からは巴里の街のほとんどが見渡せるのだった。
聖堂前の見晴らしのいい其処に立って、その眼下に広がる巴里の街を眺める一人の少女。
つい先日まで緊急避難命令が出され、巴里の街は日頃の華やかさから一転して暗く静まりかえった。
今ではその出来事が嘘であったかのように人で溢れ、賑わいを見せている。
そんな街の様子に少女の顔は自然と綻んだ。
少女の名はグリシーヌ・ブルーメール。
ノルマンディー公の血を引く名門貴族ブルーメール家の次期当主にして、霊的な力で巴里の街を守る巴里華撃団・花組の隊員である。
貴族としてこの街を守り通せた事を誇りに感じながら、先日の戦いの前に大神と話した事を思い出すグリシーヌ。
怪人の最終兵器である空中砲台オプスキュールの脅威にどうにも不安を払拭しきれなかった。
その不安が言葉となって出る。
「隊長は怖くはないのか?恐ろしくはないのか?」
隣に立ち、同じように窓の外を見つめている大神にそう問うた。
「そんな事はないよ。俺だって怖いし、恐ろしいと思う。でもね、本当に恐ろしいのは諦めてしまう事だ。俺たちが諦めてしまったら誰がこの街を守るんだい?だから、俺は剣を取るんだよ」
実に大神らしい返答に思わずフッと笑みを零すグリシーヌ。
「グリシーヌ、君だって俺と同じ事を言うだろう?」
「そうではあるが、心の奥底では恐怖にうち震えて逃げたいと願っているのやもしれぬ」
「でも、俺も君もきっとそうすることが出来ないよ」
「どうしてそう思う?」
「それは俺たちが巴里華撃団花組だからさ」
そう誇らしげに笑った大神。
その大神の笑顔にグリシーヌの脳裏にある人物が浮かんだ。
「…叔父上…」
思わずそう呟いていた。
「ん?何だい?」
「いや、何でもない。…隊長。必ずやカルマールを倒し、巴里にいつもの朝を取り戻してみせよう」
「ああ」
そうして。
結果、グリシーヌたちはカルマールを討ち巴里の危機を救った。
だが、グリシーヌはあれからずっと考えていた。
…隊長と叔父上は全く違うというのに何故に重ねて見えてしまったのだろうか?、と。
「おや、グリシーヌさんではないですか」
背後から声を掛けられ、普通なら一瞥してから返事をするのだが、グリシーヌは振り返らずに返事をした。
声の主が判っているからだ。
「ムッシュ迫水か」
「Bonjour.このような所でお会い出来るとは光栄です」
恭しく礼をする東洋の紳士。
ニッポンの駐在武官でもあり、賢人機関の一員でもある迫水典通だ。
「うむ。ここから巴里の街を眺めていた」
「そうですか。私もここからの巴里の景色が好きでしてね。危機を乗り越えて、より一層尊いものに思います」
「…ああ。そうだな…」
迫水の話にそう頷きながらも、どこか上の空のグリシーヌ。
そんなグリシーヌに迫水が言う。
「何かご心配事でも?」
「いや、何でもない…」
「そうですか?」
「ああ…。…いや、ムッシュ迫水。すまないが、聞いてくれるか?」
頷いてから、前言を訂正するグリシーヌ。
言葉に迷いが見られるその様子にはいつもの歯切れ良さがなかった。
「私でよろしければ」
「ああ。頼む」
伏し目がちにそう言ってから、グリシーヌは目線を再び巴里の街に戻して言った。
「…不思議なのだが、隊長を見ているとリシャール叔父上を思い出す」
─リシャール・ブルーメール子爵。
グリシーヌの父、アルベール・ブルーメール公爵の末弟であり、およそ貴族らしからない飾らない人であった。
慈愛に満ち、薔薇を愛した人─穏やかな口調と、その優しい微笑みに包まれるとグリシーヌは何とも暖かい気持ちになったものだった。
およそ戦争からは程遠い人物であったその人は、先の欧州大戦の折に自ら前線に立って部下を守り、散っていった。
グリシーヌが6歳の時であった。
もう10年以上前のことになる。
更に付け加えると、リシャールはグリシーヌが初めて好きになった男性であった。
「リシャール殿を?」
グリシーヌの口から出た意外な人物の名に驚きの表情を見せる迫水。
迫水がリシャールと初めて会ったのは、グリシーヌの西部戦線への慰問に同行した時だった。
親しみやすい笑顔の奥に、鋭い洞察力を秘めた切れる人物であった印象がある。
そして、本当の”貴族の在り方”を知っている”貴族の中の貴族”だった。
「うむ。容姿も性格も似ている所などないというのにだ」
リシャールは温厚で争いを好まず、武術も得意とはいえなかった。
対し、大神はどちらかといえば何事にも熱くなるタイプだし、武術に関しては士官学校を首席で卒業したほどの腕を持つ。
確かに、二人に似通った所はなさそうに感じる。
「ああ。…でも、何だか解る気がしますね」
頷いてから迫水は一瞬考えた後、何かを思い出したのか言い直した。
「そうなのか?」
「はい。リシャール殿と大神君は似ているかもしれません」
「私には解らぬ」
「そうでしょうか?グリシーヌさんはきっともう気付かれていると私は思いますよ」
勿体ぶったような迫水の口調に眉をひそめるグリシーヌ。
「回りくどいぞ、ムッシュ迫水」
「それは失礼致しました。私はリシャール殿の事は深くは存知上げませんが、アルベール様よりお伺いしたことがひとつあります」
「父上から叔父上の事を?」
意外そうな顔でグリシーヌが言った。
厳格な父が叔父の事を他人に話す事など無いに等しいと思っていたからだ。
「はい。リシャール殿が戦に赴いた理由です」
「それは…叔父上に霊力があったからであろう?」
「もうひとつあります。それは…、グリシーヌさんももうお解りでしょう」
迫水の言葉に、リシャールの最期を伝えた兵士の話を思い出す。
「……貴族だから…か…」
無言で頷く迫水。
それは、常々グリシーヌが口にしている事でもあった。
「そうか…。だから、私は…」
「ええ。リシャール殿を思い出されたんでしょう。…それでは、お名残惜しいですが、私は失礼させて頂きます。秘書の目を盗んで出て来たので、そろそろ戻らないと本当に怒られてしまいますからね」
冗談交じりにそう言って後ろを向く迫水。
グリシーヌの目に涙が光ったのが見えたからだ。
「…ムッシュ迫水。礼を言う」
振り返らずにグリシーヌが言った。
「美しい女性のお役に立てて光栄ですよ」
来た時と同じように恭しく礼をして、迫水が立ち去った。
ひとり、街を見つめるグリシーヌ。
『それは俺たちが巴里華撃団花組だからさ』
そう言ったのは大神。
『私が貴族だからです』
そう言ったのはリシャール。
言葉も立場も違う二人の人物。
二人に通ずるのは、愛する街を守るという強い心。
「…だから、私は隊長に…」
リシャールと同じ心を持つ大神にグリシーヌが惹かれたのも当然の事だったのかもしれない。
「叔父上が導いてくれたのか…?」
自らが果たせなかった約束、グリシーヌを幸せにするという約束を…。
愛してやまないこの巴里で果たして貰う為に…。
「また出会えたのだな…」
グリシーヌの頬を涙が伝う。
それは、リシャールの事を想って流した二度目の涙だった─。

~あとがき~

サクラSS、ボチボチ再開。
「巴里前夜」グリシーヌ編よりのお話。
リシャール叔父さん大好きなんですよね(*^_^*)
私的に、リシャール叔父さんの声のイメージは田中秀幸さんです。

さて、お話の補足をちょっと。
リシャールを亡くした後、グリシーヌはきっとリシャール以上の男性にはもう巡り会えないだろうと思っていたと思うんです。
それだけ、グリシーヌにとってリシャールの存在は大きかった。
グリシーヌは口癖みたいに「貴族が街を守るのは当然だ」と言っていますが、
これもきっとリシャールの事があったから。
でも、口癖みたいに言ってるうちにその本当の意味を忘れちゃったんじゃないかと。
それを思い出させてくれたのが大神さんなんです。
だから、グリシーヌの最後の台詞、
「また出会えたのだな…」
これは、またリシャールのように愛せるひとに出会えたんだ、と。
そんな意味を込めて、タイトルは「再会」にしてみました。

あ。いつになく、あとがきっぽい(笑)

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