「おい、何ジロジロ見てやがるんだ。ああ?」
「べ、別に見てなどいない!勘違いするな!」
「ああ、そうかよ」
そうだ。
それはこの悪党の勘違いなのだ。
何故、この私が悪党の貴様を凝視せねばならぬというのだ?!
しかし、現実としてここ数日間の私は気が付けばあの悪党を目で追ってしまっている。
まったくもって、自分で自分が不可解だ。
これも、この間エリカが妙なことを言い出した所為だ。
「グリシーヌさんとロベリアさんって本当に仲良しさんですよね!」
いつもの如く、非常識極まりない悪党と言い争いをしているとエリカが突然そんなことを言い出した。
エリカの言うことはいつも突拍子もないが、それはいつにも増して突拍子もないことで。
「「エリカ!お前の目は節穴か?!」」
ほぼ同時にエリカの言葉を否定した。
しかも、不覚にも同じ言葉で.
そのようなことは至極あり得ないからだ。
エリカはそれに怯むことなくアッサリこう言い放った。
「だってケンカするほど仲が良いって言うじゃないですかー。それに今だってほら、ピッタリ息が合ってたじゃないですか」
「あ、確かに…」
「そうですわね」
エリカの言葉にコクリコと花火までもが納得顔で頷いて。
「花火まで何を言い出すのだ!」
お前だけは何があっても私の味方ではなかったのか?!
「はっ!バカらしい。付き合ってられるかよ」
妙な雰囲気に不機嫌そうに部屋を出て行くロベリア。
すれ違い様に薫ってきた薔薇の甘い香り。
無意識にその背中を見てしまった自分。
─そして、それから数日間。
不愉快極まりないあの悪党を目で追っている自分がいる。
私はどうしてしまったというのだ…。
「…い。おい!」
声を掛けられ、ハッと我に返る。
「いつまでその格好でいる気だ?」
声を掛けてきたのはあろうことかあの悪党。
そう言われて、鏡で自分の姿を見るとまだ舞台衣装のままで。
「あんたがその格好でいたいんなら勝手だけどな。あいつらはとっくに着替え終わってロビーで待ってるぜ」
気が付くと、楽屋には自分とロベリアの二人しかいない。
「そういう貴様はどうしてここに居るのだ」
「言ってくれるねぇ。アタシが声を掛けてやんなかったら、あんたはここで独りだったぜ?」
「う、うるさい。今から着替えるのだ。さっさと出て行け」
半ば言いがかり的にそう言い放つ。
「言われなくたって消えてやるよ。でもよ、独りぼっちは怖いって泣くなよ、お嬢チャン?」
何故この悪党は私の神経を逆撫でするような言い方しか出来ぬのだ。
「貴様っ!」
椅子から立ち上がったところをロベリアに肩を掴まれた。
「くっ…」
「お前、アタシのこと好きだろう」
あろうことか耳元で低く囁く悪党。
言うに事欠いて私が貴様のような悪党を好きだと?!
「戯れ言を言うなっ!」
そう肩に置かれた手を振り払う。
その振り払った右手を逆に掴まれ、ロベリアに捕縛される形となった。
「くっ…」
思わぬ屈辱に俯く。
「ここ何日のお前の熱~い視線に気付かないアタシだと思うかい?」
「誰が貴様に…っ」
「お前がアタシに、だ」
いつも私の癇に障るその口調で繰り返すロベリア。
「貴様、まだ言うか…っ」
何故に!
何を根拠に!
「アタシを好きだろう?」
「…それ以上言ったら、許さぬ!」
「物欲しそうな顔でアタシを見ていたじゃないか」
このような侮辱は生まれて初めてだ!
今すぐにこの悪党を殺してやりたい…!!
だが、何故それが出来ない?!
手を…掴まれているからだ…。
「どうした?言い返さないのか?お得意だろ?無礼者ってやつ」
くくっ…と喉の奥で笑いながら、ロベリアが言った。
「言い返せないよなぁ?大貴族のお嬢様ともあろうお方がこんな悪党に心奪われたとあっちゃ、プライドも何もあったもんじゃないもんなぁ?」
「…止めろ」
「止めないね。お前はアタシを好きなんだよ」
「止めろと言っている…っ!」
「なら、何でアタシの手を振り払おうとしない?!お前なら簡単に振り払える筈だろう?」
そう指摘されてロベリアに掴まれている手首が大きく脈打つような感覚に襲われた。
触れられている手首から熱くなっていくような感覚。
「うるさい…」
そのようなことなど、あってはならないのだ…。
この私がこの悪党を好きなどと言うことが…。
あってはならないのだ…っ…。
「お前はアタシを好きなんだ。認めろよ」
「黙れ…!」
「あんたも強情だねぇ」
私の顔を覗き込むようにそう言うロベリア。
そのロベリアから目線を逸らすように俯く。
ロベリアは肩に掛かった私の髪を自分の指に絡め、その唇を落とした。
「…なっ…!」
「強情なお嬢チャンに罰だ。これであんたはアタシを忘れられない」
「誰が貴様のことなど…っ」
そう言い返す私の言葉は恐らく弱々しく響いたことだろう。
「あんたと次に会うのは一週間後だ。それまで、持つか見物だぜ」
ロベリアはそうからかうように言うと、掴んでいた手を離して部屋を出て行った。
去り際に甘い香りを残して。
「…あの悪党め…!」
言い返せなかった自分への腹立たしさとあまりの屈辱感に涙が頬を伝う。
独りになった部屋に残ったのは手首に残る手の感触、熱をもっているような髪の温度。
そして、薔薇の甘い香り。
「…ふっ…くっ…」
涙が止まらずに嗚咽する。
こんな侮辱を受けても尚、何故全てを否定出来ない?
答えを考える必要などない。
もう解って居るのだ。
私は、この薔薇の香りに囚われてしまったと…─。
─そして、それを振り払う理由もないことも…。