つい先ほど、米田司令に託されたばかりの神刀滅却を手にしっかりと持ち、俺は屋根を後にした。
今まで司令が持ってきたこの刀の本当の重みを今度から自分が背負うことになるのだ。
正直、その責任は重い。
だが、司令に言われた通りそれは自分独りだけで背負うものではないのだ。
自分には頼りになる仲間が大勢居る。
それがたいへん心強い。
それが俺の形だと”大神華撃団”なんだと司令の言葉が改めて心に浸みる。
そして、もうひとつ司令に言われたこと。
自分が誓ったこと。
『俺は…これからエリカくんと生きていきます。』
司令の前で誓った二つのこと。
軍人として一人の男として俺はどう生きるべきか。
両方取れることなどないと思っていた。
『帝都は俺たちに任せてお前は巴里に行って二人で過ごせばいい。米田司令もそれを望んでいると思う。』
二人で平和を守ればいいと。
二人で未来を築けばいいと。
帝都にもし何かあったらお前は駆けつけるんだろ?と、最後にそう付け加えて笑った親友のその言葉が有り難かった。
その言葉はまだ迷っていた俺に光をもたらしてくれた。
その言葉で何かが吹っ切れた気がした。
明日にはきっとかえでさんによって俺が総司令になる旨が皆に伝えられることだろう。
まだ、誰にも知られていない今夜中に俺の気持ちを彼女に伝えたい。
俺は携帯キネマトロンのボタンを押した。
たった半年間共に過ごしただけなのに、その誰よりも自分の心に留まって仕方ない彼女の笑顔。
しかし、それは彼女の優しさでもあって。
初めて彼女の弱さを、涙を目にしたあの雨の夜。
俺が彼女を守ってやらなければという思いが一層強くなったのかもしれない。
全てを抑えて笑おうとする彼女を俺が包もうと思った。
帝都に帰って来てからも彼女のことを忘れたことなどなかった。
レビュウでダンスを最後まで踊れているだろうか。
看板にぶつかってやしないだろうか。
相変わらずプリンばかり食べているのだろうか。
ふとしたときに考えるのは彼女のことばかりで。
こんなにも彼女のことでいっぱいになっている自分に驚いた。
だから、彼女の姿を食堂で見た時、正直、夢なんじゃないかって思った。
あまりに俺が彼女のことばかり考えていたから白昼夢を見てしまったんじゃないかって。
でも、それは現実で。
不謹慎にも、また横で彼女が戦っていることを喜んでいる俺がいた。
それで、俺は実感したよ。
いつもそこに彼女がいてくれればいいんだって。
それだけで俺は強くなれるんだって。
呼び出し場所に指定したサロンで彼女を待ちながらそんなことを思う。
…と、
「だーれだ?」
くっ、口を塞がれているから返事どころか息も出来ない…。
だが、これは間違いない。
「わからないんですかぁ?」
「……エ、エリカく…ん…だろ?」
口を塞がれている合間からやっとの思いで声を出してみる。
「ピンポーン、大正解です!」
嬉しそうな声でエリカくんが言って、ようやく俺の顔から手が離れた。
は…はぁ、はぁ…。
慣れているとはいえ久し振りだとやっぱり苦しいな…。
「どうして解っちゃったんですか?」
座っている俺の背後から顔を覗き込むようにエリカくんが言った。
「俺がエリカくんの声を解らない筈ないじゃないか」
更に付け加えるなら目と一緒に口まで塞ぐのは君くらいなものだよ、とは言わないけど。
「わぁ、本当ですか?」
「ああ」
「わーい、嬉しいなっと。あ、ところで大神さん。お話ってなんです?」
話の切り替えの早さも相変わらずだ…。
エリカくんのペースに巻き込まれないようにしないとな…。
「あ、ああ。改めて、夜分遅くにすまないね」
「いえ、そんな気にしないで下さいよ~。私と大神さんの仲じゃないですか~」
「ああ、ありがとう。まあエリカくんも腰をかけたらどうだい?」
そう言ってエリカくんに椅子を勧める。
「あ、そうですね。では失礼してって、あれ?」
ドスンっ。
エリカくんは椅子の脚に足を引っ掛けて転んだ。
ある意味、こういう危なくないような所でも転べるのは特技だと言えるのではないだろうか?
「イタタタ、またやっちゃいました」
尻もちをついた格好でエリカくんが照れたように笑う。
「大丈夫かい?」
立ち上がってエリカくんに手を差し伸べる。
「あ、はい。すみません」
俺の手を取って立ち上がるとエリカくんはイタタとお尻をさすった。
「ぷっ…」
あまりのエリカくんらしさに思わず吹き出してしまう。
「あ、ひどいですよ、大神さん。笑うなんて!」
「いや。ごめん、ごめん。エリカくんらしいなって思ってさ」
「ドジがですか?」
「うん」
「ひどいです~。まぁ、自分でもドジだなって思ってるんですけど。でもひどいです~」
エリカくんはそう言って頬を膨らませて見せた。
「はは、ごめん。でも、俺はエリカくんのそんなところも好きなんだけど」
「ど、どうしたんですか?そんな急に改まって言われちゃうと照れちゃうじゃないですか」
照れくささを隠す為なのか自分の指先をじっと見てエリカくんが言った。
「うーん、何か今そう言いたい気分だったんだよ」
「きょ、今日の大神さんちょっと変ですよ?」
顔を少し赤くして俺から少し目を逸らしてそう言ったエリカくんを見つめる。
「変…かな?」
「は、はい…」
「じゃあこういうのも俺らしくない?」
そう言ってエリカくんを抱き締めた。
「お、大神さん。ホントに今日どうしちゃったんですか…?!」
「……エリカくん」
「は、はいっ」
急に声のトーンを落とした俺に何事かと慌てて返事をするエリカくん。
「…このまま聞いて欲しいことがあるんだけどいいかな?」
正面を向いてエリカくんの目を見つめて言う。
「?は、はぁ」
エリカくんはその俺の言葉に不思議そうな顔をしながらも頷いた。
「…実はつい先刻、米田司令から次期総司令にとの辞令を受けた」
「え?!」
突然の俺の言葉に口をぱくぱくさせながら、エリカくんは俺の顔を見た。
「皆には明日、かえでさんの口から伝えられるだろうと思う」
「…………。」
「でも、俺のパートナーである君には先に伝えておこうと思ってね」
「お、おめでとうございます!総司令なんてすごいじゃないですか!」
そう言ったエリカくんは無理やり笑っているようにも見える。
「ああ…。正直、戸惑っているよ」
「大丈夫ですよ、大神さんならきっと…立派な総司令になれますよ…」
俯きながらエリカくんが言った。
「ありがとう…。その言葉だけで俺は頑張れるよ。それでね、エリカくん」
「はい…」
「俺は巴里に行こうと思うんだ」
「え?!」
エリカくんはその俺の言葉にぱっと顔を上げて俺の顔を見た。
「今、何ておっしゃいました?!はい、大神さんもう一度!」
「俺は巴里に行こう、いや帰ろうと思ってるって言ったんだけど」
「だ、だって大神さんは総司令なんでしょ?!」
だから、帝都に残るんじゃないんですか?!とエリカくんが言う。
どうやら俺が帝都に残ると思ってしまっていたらしい。
「ああ。だから、帝都に何かあったときには駆けつけるつもりさ。それまでは、君と巴里に居たいんだけど、ダメかな?」
「ダ、ダメな訳ないじゃないですか!何なら私の部屋で一緒に暮らします?」
「はは、それもいいかもね」
「…大神さん。私、大神さんの本当の恋人になっていいんですよね?本当に本当にいいんですよね?」
俺の目をじっと見てエリカくんが言った。
「ああ。俺の方こそお願いするよ。エリカくん俺の恋人になってくれないか?」
「あったりまえですよ~。どーんと任せちゃって下さい!」
エリカくんは嬉しそうにそう言うと俺に抱きついた。
「ねぇ、大神さん」
「何だい?」
エリカくんの肩を抱き締めながら返事をする。
「この前の戦いの前にここで…私が言ってたこと覚えてます?」
「ああ。勿論」
「もう一度…言って貰えませんか?」
「ああ。…俺はエリカくんの悲しみや寂しさを全部持ってあげるよ」
だから、せめて俺の前でだけは涙を見せて欲しい。
雨の日には俺がずっと一緒にいるから。
「あと…、喜びや嬉しさも一緒に持って下さいね」
「その代わり、俺の分はエリカくんが持つんだぞ?」
「はい!どーんと任せちゃって下さい☆」
「はは。頼もしいね」
「だから、大神さん」
「ん?」
「これからはずっと私のそばに居て下さいね…」
「ああ…」
そう言ってエリカくんに口吻ける。
口唇を離したあと抱き締めていた腕を解いてエリカくんを見つめる。
「でも、そうなると俺は先ず神様からエリカくんを奪わなきゃならないね」
「え?」
「だって、シスターは神様が恋人、なんだろ?」
冗談交じりにそう言った俺に悪戯っぽく笑い返してエリカくんが言う。
「大丈夫ですよ。何てったって”大神”さんですからね」
それから数週間後。
俺は一番大切なひとと一緒に、一番大切な思い出の残るあの街で、一番幸せな未来を築くための帰途についた。