「薄氷のようなその上で」ロベリア×グリシーヌ(15/09月作成)


 明け方にふと目が覚めて、天井を見つめながら涙が溢れて来てしまうことがある。
 胸の締め付けられる様な不安に似た感情、寂寥感とでも言うのだろうか。とにかく、そういう感情が突然に押し寄せて来て私を覆ってしまう。
「…っ…」
 声を押し殺して堪えようとすればする程、涙は止まってはくれない。この様に寝室で独り泣く様など、誰に見せられようか。その姿は惨めに見えるだろうか。
 確信はないが、この感情が湧き起こる理由に心当たりはあった。
 一人寝が日常であった私の所に気まぐれに立ち寄る者が現れてからだ。
 その者は私を振り回し、私の心をかき乱し、私が忘れていた感情を思い出させた。
 本当に自分勝手で迷惑な者だ。
「…アタシが居なくて寂しくなっちまったか?」
 …その者はこういったタイミングで現れるのも得意だ。
 顔が見えずとも、口角を上げてそう言っている様が容易に想像出来る。
「…何だ?」
 俯き涙を拭い、感情を抑えながらそう答える。
「何だ、はないだろう?」
 おいおい、と肩を竦める自分勝手な来客はつかつかとこちらに歩み寄り、こちらを一瞥した。
「不作法者には十分だと思うが?」
 泣いている姿を見られてしまった羞恥心と気まずさから、ぶっきらぼうに言い返してしまう。
「…チッ」
 私の返答に舌打ちで返してくるその来客、ロベリア・カルリーニは苛立ちを顔に表すことを厭わない。
 その場で私を睨み返してくるその視線に顔を上げられないで居ると、顎を掴まれ顔を上に向かされた。
「!なっ?!」
「…文句があるなら面と向かって言えよ」
「…そなたに言うことなどない」
 上を向かされている屈辱的な格好でそう言った私は此奴の目にはどう映っているのだろう。
 さぞや酷い顔をしているのであろう。
「大方、勝手に悲観して泣いてたんだろうが」
 呆れた様にそう言われて、曖昧であったこの不安の正体にようやく気付く。
 …そうか。
「…私は悲観していたのか…」
 …この、先が判り過ぎている私たちの薄氷の上にあるかの様な関係に。
 自分に伝える様にそう呟くとロベリアは怪訝そうな顔をして私を見つめた。
「は?何だよ、それ」
 不可解さを前面に出してロベリアが眉を顰めた。
「…言葉の通りだ」
「意味も解らないで泣いてたって言うのか?」
 その問いに頷いた私の顔を信じられないとでも言わんばかりの表情で見つめ、全く疲れる奴だと脱力した様に私の顎から手を離すロベリア。
 私自身が曖昧で説明のつかなかった事に今ようやく合点がいったのだから、他人であるロベリアがそう思うのは当然であろうと思う。
「ったく、アンタって奴は…。他人の事に五月蝿い癖に自分の事となるとてんで駄目だな。…ああ、馬鹿だからか?」
「う、五月蝿い…っ」
「馬鹿だから馬鹿って言ったんだ。大体、アンタはアレか?今日明日中にでもアタシと別れるつもりなのか?」
 思い掛けないロベリアからの問いに首を横に振って否定する。
「だったら、何で泣く必要がある」
「それは…っ…!」
 そなたといつまでも共に在れないことが判っているのが辛いのだと言葉を継ぐことが出来ない。
 それが私の一方的な想いであったら、押しつけになってしまうからだ。
「あのなぁ…」
「笑えば良いではないか…」
 すっかり呆れた顔になってベッドに座ったロベリアにそう言い返す。
 いっそのこと笑い飛ばしてくれた方が、独りで泣いているところを見られた羞恥心などが吹き飛ぶのかもしれない。
「全然笑えないね。アンタが哀しみにくれているのはよく解ったが、もう一つよく解ったことがあるぜ」
 勿体振った言い方をすると、得意の口角を上げる表情を見せるロベリア。
 そう言われても私には何の事だか見当が付かなかった。
「何だよ。解らないのか?本当に鈍い奴だね」
「…鈍くて悪かったな」
 笑みを浮かべたロベリアに眉を顰めて見せると、ククッといつものように低く笑った。
「先を思って夜な夜な枕を濡らす程、今が悪くないって思ってるって事だろう?」
「!夜な夜なではない…っ」
 夜な夜なという部分を否定しつつも、ロベリアの指摘に顔に火が付いたかのように熱くなる。
「ククッ、当たりか」
「五月蝿いっ」
 顔はおろか耳も体も熱い。
 恥ずかしさで顔を手で覆う。
「それはそれで嬉しいけどね。アタシとしては隠れて泣かれるのは趣味じゃない。啼かせるならともかくね」
 さらと私が苦手とする下世話な言葉を付け加えることを忘れずに、私を見つめロベリアが続ける。
「…確かにアタシとアンタは先が決まっているさ。でも、それは今悲観する事じゃないだろう?」
「それでも、いつかはその日が来るのだぞ?!」
 その時が来たら、ロベリアと離れなければならない。
 何においても、私にとって最も大切なものはこのブルーメール家を守ることであるからだ。
 幼き頃よりそう教えられてきたし、そうせねばならぬと思う。
 それは義務であり、私の信念でもある。
「ああ。だが、『いつか』だ。そんなことを気にして泣くくらいなら、アタシたちはとっとと別れた方が良い。そう思わないか?」
「………」
 ロベリアの言っていることは正論だ。
 私にごねる理由もない。
 だが、この胸の奥に広がる霧のようなものは何だ。
「私は怖いのだ…。そなたとこうして共に在る時間を知ってしまった私は、そなたの居らぬ時間をどう過ごせば良いのか見失ってしまう気がしてならぬ。そなたとした様に同じ様な時間を過ごす自分が想像出来ぬのだ…。…臆病だと笑わば笑え。私は…、そなたを失うことが怖くて堪らぬのだ…」
 言葉に出してから、ああこういう事かと理解する。
 私は恐れているのだ。
 その日が来て、本当にロベリアの手を離せるのかを。
「…アタシも随分とアンタに好かれたもんだね」
 ため息混じりに言ったロベリアの言葉にそれは一方的な想いなのかもしれないと頭に過ぎる。
「茶化すな…っ…」
「茶化しては居ないさ。ただね」
 フッと笑って、私の髪に指先を伸ばすロベリア。
「アンタはアタシのことを買いかぶり過ぎだ。アタシだってそう易々とアンタを手放すつもりはない。アンタに引導を渡されるまではアンタのそばにいてやるさ」
 ロベリアの言葉に改めて思い知らされる。
 ロベリアにその言葉を告げるのは私の方なのだと。
「そんな顔するなよ。その時が来たら、黙ってアンタの前から消えてやるさ。アンタが引導を渡すまでもなくね」
 私が余程情けない顔をしていたのか、宥めるように頬を指で撫でられた。
 いつもはどうしようもないことばかり申して居る癖に狡い奴だと思う。
「…かもの…」
「ん?」
「…そなたが、そのように…私を甘やかすから、離れがたいと思ってしまうのだ…っ。馬鹿者…っ…」
 込み上げて来る涙と感情を抑えられなくなって、ロベリアの肩に額をつけて泣く。
「ああ、そりゃ悪かったな」
 私の頭を撫でながらロベリアが返す。
 その声色は子どもをあやす時かの様に穏やかだ。
「…そもそも…っ…来るのが突然過ぎるのだ…っ…」
 思い出したようにそう文句を言うと、いつもの調子に戻ってロベリアが言った。
「アンタが寂しくなる頃だと思ってね。来てみたら泣いてたから、アタシの勘も捨てたもんじゃないだろう?寂しがり屋だからな、どこかの誰かサンは」
 意地悪く笑いながら言ったロベリアにどこか安堵感を感じる。
 不本意だが、不安が少しだけ和らいだのは確かだ。
「誰が寂しがり屋だ。まったく…っ」
 涙を拭き、呆れ顔を見せてやる。
「さて、何処の誰だろうな」
 そう、フフンと笑うロベリア。
 …その時が来るまでは。
 この憎まれ口も、下世話な言葉も、鼻腔を擽る薔薇の薫りも、時折の甘い言葉も甘んじて受けておくとしよう。
 割れるまではこの薄氷のようなその上にしぶとく立ってみせよう。
 そのようなことを思いながら、自然と近付いてくる顔に目を閉じて口づけを交わした─。

~あとがき~

ほぼ一年ぶりくらいの創作はロベグリからです。
私にしては珍しく一人称での行間だったので、雄弁になり過ぎた感もあるかもしれません。
終わってみれば、うちのいつものパターンでした。
相変わらずグリを甘やかすロベです。

ありがとうございました!

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