『雨降りの夜に思う』
雨の夜は妙な胸騒ぎを覚えて落ち着かない。
雨は全てを洗い流してくれると彼は言うけれど、その言葉は流れた血を思い出させてとても怖くなる。
月組(彼ら)にとって、雨は一層の闇に紛れる事が出来る好機だとしても、ただただ無事で居て欲しいと祈る事しか出来ない。
─窓の外の雨を見つめながら、そんな事を思うかえで。
ぼんやりと見つめる視線の先に映る影に気付き、立ち上がって窓を開ける。
「加山くん?!」
「こんばんは、かえでさん。お邪魔しても宜しいですか?」
逆さ吊りのまま、かえでに挨拶をする加山。
「え、ええ」
「それでは、失礼して。…よっ」
窓枠に手を掛けると、軽業のように身を翻してかえでの部屋へと飛び込む。
「…いつからそこに?」
「今し方ですよ」
そうは言うものの結構濡れている様子で髪からは水が滴っている。
「随分、濡れてるじゃない」
「大したことないですよ。あ、でも部屋汚しちゃってますね」
申し訳なさそうに加山が言った。
「それはいいけど。…ちょっと待ってね」
そう言うとかえではクローゼットの引き出しからタオルを取り出し、加山に渡した。
「ありがとうございます」
タオルを受け取ると服と髪の水滴を大雑把に拭き取っただけで、手を止める加山。
「それじゃ風邪ひいちゃうわよ?…しょうがないわね。そこに座って頂戴」
呆れ顔で加山を見ると、椅子に座るように促す。
「は、はぁ…」
言われるままに椅子に座る加山。
そして、かえでは加山からタオルを取り上げると、その後ろに立ってまだ水が滴っている加山の髪を拭き始めた。
「か、感動だなぁ!かえでさんに髪を拭いて貰うなんて!」
思わぬ展開に感激もひとしおの加山。
「大袈裟なんだから」
苦笑しながら、加山の髪を拭くかえで。
暖かい空気が部屋を包む。
「─ところで、かえでさん」
その空気を断ち切るかのように話を切り出す加山。
髪を拭く手を休めずにかえでが答える。
「何?」
「…先程は何を考えてらっしゃったんですか?」
その加山の言葉にかえではため息を吐いた。
「…やっぱり気付いてたのね」
「すみません。窓の外からお声を掛けようとしたら、物憂げなお顔だったので」
手を止めて加山の肩に手を置くかえで。
「雨だからちょっと不安になってただけよ」
「不安、ですか?」
「ええ。あなたの任務の事を解ってるつもりだけど、こういう天気の日は余計な事ばかり考えてしまうわ」
「俺は大丈夫ですよ?」
かえでの言わんとしている事が解ったのか、かえでを見上げるように目線を上げて加山が言った。
「私だってそう思ってるわ。それでも、やっぱり心配な気持ちは変わらない。だから不安不安、でも時々安心する感じね。こういう風にあなたの顔を見ることが出来て、ようやく安心するのよ」
「─かえでさんは、”あめふり”という歌をご存知ですか?」
話を逸らすかのような加山からの唐突な質問に答えるかえで。
「中山晋平先生の?」
「そうです。あの歌の三番の歌詞をご存知ですか?」
「三番?いいえ、ちょっと思い出せないわ」
「それはこうです。”あれあれ あのこはずぶぬれだ やなぎのねかたで ないている”」
「そう」
何故、今そんな話なのだろうと思いながら、加山の話を聞く。
ところが、次に加山が紡ぎ出したのは、
「俺はかえでさんが泣いていたら、何度でも傘を差し出しますよ」
そんな思い掛けない言葉。
不意打ちを喰らった格好のかえで。
込み上げる涙を堪えながら、言う。
「…あなたって狡いわ。どうして、私を泣かせるような事を言うの?」
「あなたに傘を差し出すのが、俺だけで在りたいからですかね」
「本当、格好良いこと」
目に溜まった涙を指で拭いながら、ようやく笑顔を見せるかえで。
「はは。そうでしょう?」
そう戯けた後、静かにだが力強く加山が言う。
「…でも、俺はそうやって何度でもあなたに傘を差し出しますから安心して下さい」
そう言った加山を後ろから抱き締めるかえで。
「…ありがとう」
返事の代わりに、前に回されたかえでの手に自分の手を重ねる加山。
その手はとても力強くて、彼は言葉通り自分を安心させてくれるだろうと強く思うかえで。
不安を呆気なく流してくれたことへの感謝と、
安心を惜しみなく与えてくれることへの感謝と、
そんな彼のそばにいられることへの一層の感謝をそっと捧げながら。
─雨降りの夜に思う。
~あとがき~
加山×かえででした。
たまにはシリアス風で。
加山の任務的に仕方のない事なんだけど、恋人ともなると割り切れないよねという話。
でも、加山は大丈夫です。
藤枝家秘伝の薬(サクラ4より)がありますからね!(笑
ちなみに、加山はかえでさんの部屋を覗いていた訳では決してありません(爆
title by: Abandon恋人に囁く10のお題「不安不安、でも時々安心する感じかな」