「…不覚だ」
自室のベッドに横になりながら不機嫌そうに昴が言った。
その頬は少し上気していて顔色もあまり良くない。
「まぁ、このところ忙しかったですし」
昴に毛布を掛けながら苦笑して返す新次郎。
「そんなものは理由にならない。僕の自己管理が甘かったという事だろう」
そう眉をひそめる昴。
体調を崩してしまった事が相当に悔やまれるのだろう。
そんな昴に新次郎が少し控えめに笑って言う。
「…昴さんには申し訳ないですけど、ぼくは少し嬉しいです」
思い掛けない新次郎の言葉にますます表情を険しくする昴。
「どういう意味か聞かせて貰おう」
「も、勿論、具合が悪い事を喜んでいる訳じゃないですよ?」
昴のその表情に誤解されてはいけないとそう前置く新次郎。
「ぼくは昴さんにご迷惑ばかりお掛けしているので、こういう時に少しでも昴さんのお役に立ちたいって思います」
「………」
「ですから、何かありましたら遠慮無く言って下さいね」
そう微笑んだ新次郎を見つめる昴。
「じゃあ、君は今すぐにこの体調を治せと言ったら治してくれるのか?」
「それはちょっと無理です…」
昴の難題(というより難癖)に新次郎が言葉を濁す。
「僕が今一番望むのはそれだ。出来ないのならば良い」
そう言って新次郎から顔を逸らすように横向きになる昴。
「すみません…」
看病をするつもりが昴にそっぽを向かれてしまい、意気消沈する新次郎。
昴には余計なお世話だったのかもしれないとすっかり肩を落とし部屋を出ようとしたその時。
新次郎に背を向けたまま昴がぽつりと、言った。
「─すまない。ただの八つ当たりだ」
「え?」
思わず振り返る新次郎。
「…昴は言った。少し水が飲みたい。頼んでも良いかと」
表情は見えないが、恐らく照れくさそうにそう言っているだろう昴の頼みに新次郎から思わず笑みが零れる。
「はい!」
思い切り頷いた新次郎にようやく顔を向けて昴が呆れ顔で返す。
「…まったく、元気過ぎるな。君は」
「あ、すみません…」
病人の前だったと反省する新次郎。
「まぁ、良い。君から少しその元気を貰うとしよう。…手を貸してくれないか?」
「こう、ですか?」
昴のその言葉に新次郎は手を差し出した。
昴はその手を掴むと自らの手を重ねるようにその頬に宛い、目を閉じた。
「あの…」
何を言って良いのか困惑して立ち尽くす新次郎を余所に昴が言う。
「─昴は言った。これでもう大丈夫だと」
「そう、なんですか?」
「古代から人間は具合が悪い時にはこうして手を当てていたんだ。治療する事を”手当て”というのはその名残だ」
いつものように淡々と説明するものの何だか妙に早口だ。
もしかしたら、思っている以上に熱が高いのかもしれない。
「へぇ。そうなんですかぁ、勉強になります。…って、本当に大丈夫ですか?」
昴の説明に聞き入りそうになるも、我に返る新次郎。
指先から感じた昴の頬の温度は熱くて、これは結構辛いだろうと思う。
「…ああ。君の手は冷たいから、少し楽になったような気がするよ」
基本的に新次郎の手は温かい事が多い。
それが冷たく感じるという事はやはり熱が高いという事だ。
「それじゃ、ぼくお水取ってきますね」
昴の手をそっと握ってから離し、歩き出す新次郎。
「─ああ」
体調が悪い時に誰かがそばにいる事など一度も考えた事がなかったが、こんな風に妙な安心感を得られるのならそれもそんなに悪くはないのかもしれない。
寝室を出て行く新次郎を目で追った後、そんな事を考えながら昴は目を閉じた。
次に目が覚めた時、体調は快方に向かっている事だろう─。
title : Fortune Fate君を例える3題「処方薬より良く効くくすり」