『もう少しだけここに』加山×かえで(2)(07/07月・08月作成)

*お題「今、何してる?」で書いたSSの続きです。

「A special guest」

1929年春。
加山雄一は未だ紐育に居た。
創設間もないことから、隊員の育成も兼ねて暫定的に月組隊長の座に就いているが、正直どこまでという目処も立っていない。
もう一年以上も帝都を留守にしている。
留守中の月組については、信頼の置ける部下に任せてあるし大神も居ることで心配はしていない。
心配の種はただ一つだ。
人一倍頑張ってしまうそのひとは無理し過ぎていないだろうか。
週に一度、キネマトロン越しに顔を見てはいるが、それだけで足りる筈がないのだ。
「…会いたいなぁ、あのひとに」
港で海の向こうを見つめながら一人ごちる加山。
言ってから、ため息をつくと軽く自分の頬を叩く。
「ああ。いかん、いかん。任務中だぞ、俺」
姿勢を正し、気を落ち着かせる為にウクレレをボローンと一つ鳴らす。
「海はいいなァ…余計なこと考えるけど」
気もそぞろの為かいまいち決まらない。
思わず苦笑する加山。
帽子を被り直し、ジャケットのポケットから時計を取り出して見る。
「さて…、そろそろか?」
神妙な顔でサニーサイドに指定された場所に向かう。
本日、此処に来たのはいつもの情報収集(しごと)ではない。
もうじき此方に到着する予定のサニーサイドの客人を警護する為だ。
サニーサイドからは、ただ其処で待つようにとしか言われていない。
(一体、どの筋の客人なんだ?)
一年以上付き合ってみても、サニーサイドは掴み所がない。
だからといって、自分を信用していないのかといえばそうでもないのだ。
ただ、全ての手の内は明かさない。
『人生はサプライズ!』が、彼のモットーなのだ。
しかし、それにしたって月組隊長(じぶん)を使いに出す以上、どういった客人であるのか多少なりとも情報をくれてもいいのではないだろうか。
突然背後に気配を感じて、加山は胸元のホルスターに手を遣った。
背後からキャップを目深に被った一人の若い男が現れる。
「…隊長。任務中に失礼致します」
その男は加山にそう声を掛けると一礼した。
「フライか。どうした?」
突然の部下の来訪に驚きもせず、銃から手を離して加山が静かに言った。
「司令(ボス)からこちらを隊長にとのことです」
そう言って加山に一通の封筒を手渡すと、フライは再び後方へと去って行った。
フライから渡された封筒を見る加山。
差出人はサニーサイド、宛先は─自分だ。
封を開け、中身を確認してみる。
中には一枚のメッセージカード。
(何だ?)
カードを取り出し、目を通してみる。
『ミスター加山、君に迎えに行って貰った客人のことだけどね。
トーキョーからの大事なお客様だ。
くれぐれも丁重に出迎えてくれたまえ』
メッセージに目を通し終えたところで、
「Sorry!I kept you waiting!」
前方から声が聞こえて、思わず目線を上げる。
次の瞬間、何が見えたのかにわかに信じ難くて、もう一度目線をカードに戻す加山。
その声の主は加山の目の前に立つと、今度は日本語で言った。
「わざわざのお出迎えご苦労様です」
忘れる筈のないその声でハッキリと。
「か…えで…さん…?」
事態を読めずに茫然としている加山の額にかえでがチョンと指をつける。
「加山くん。任務中よ?」
その言葉で我に返る加山。
直立して敬礼する。
「は、はい!失礼しました!遠路はるばるお疲れ様でした!」
それに倣って、敬礼を返すかえで。
「はい。よろしい」
考えてみれば、声を聴くのでさえ数週間振りの気がする。
最後に通信した際に、暫くは多忙だからと言われてこのところは通信をしていなかったのだ。
それが、まさか紐育(こちら)に向かっているからだとは予想もしていなかった。
会いたいと思っていたひとが目の前に居る。
自分の先ほどの呟きが天に届いたのかとさえ思う。
それほど現実味が無くて、加山は確かめるようにかえでの頬にそっと手で触れた。
そんな加山の行動にかえでが問う。
「あなたにしては珍しく動揺してる?」
「はい」
素直に頷く加山。
頬に置かれた加山の手に、自分の手を重ねてかえでが言った。
「お久し振りね、加山くん」
「はい」
毎度キネマトロン越しに見せるあの余裕は何だと思うくらい、言葉少なな加山。
「ふふっ」
思わず噴き出すかえで。
「え?」
「だって、あなたさっきから少しおかしいわよ?」
かえでのその指摘に、慌てて言葉を探す加山。
「すみません。ああ、何て言うか。現実味が無いと言うか。狐につままれてるみたいと言うか」
すっかり精彩を欠いて、頭を掻きながら加山が言った。
「いや、俺は何を言ってるんだ。違う。こんなことを言いたい訳じゃない。そうだ」
自らに言い聞かせるように何やらブツブツ言う加山。
かえでを見つめると、その両肩を抱き締めた。
「ああ、もう本当に。あなたに会いたかったんです」
言ってから、フゥと大きく息を吐いて。
加山の背中を子どもをあやすようにポンポンと叩くと、かえでが言った。
「ありがとう、加山くん」
それでようやく落ち着きを取り戻したのか、かえでを抱き締めていた腕を解いて加山が言う。
「はぁ…。情けないことこの上ないですよね、俺」
そうため息をつく。
「そう?私は嬉しかったけど」
「そうなんですか?俺としては忘れて欲しい感じなんですが」
そのかえでの言葉に苦笑する加山。
「あなたの心を乱せるなんて、そう無いことだもの」
「それを言うなら、俺はいつだってあなたに心を乱されてますよ」
しれっとそう言い放つ加山にかえでが返す。
「いつものあなたの調子が出て来たんじゃない?」
「いつもの…って。あれはですね。あれ位じゃないとですね。…って、この話は止めにしましょう」
「あら、どうして?」
どうにも歯切れの悪い加山に首を傾げるかえで。
「これ以上、俺の株を下げたくないからですよ」
「それを聞いたらあなたの株は下がるの?」
「多分」
「私ってそんなに信用無いのかしら」
ポツリとそう言ったかえでに慌ててフォローする加山。
「いえ、あなたを信用してないとかそういうのじゃなくてですね。これ以上、あなたに情けないところを見せたくないんですよ。解って下さい」
「まぁ、あなたの言い分も解るけど。私はね、加山くん。あなたが好きよ?」
かえでの唐突なその言葉に加山の頬が上気する。
「な、何だかドキドキしてきたな」
「ふふ。ね、加山くん。あなたは私のことをどう想うの?」
「聞かれるまでもなく、好きです」
即答の加山。
「じゃあ、私が弱いところを見せたら嫌いになるかしら?」
「そんな訳ないじゃないですか!むしろ…。って……」
「そう。解った?それと同じなのよ、加山くん」
そうニッコリと笑うかえで。
対し、脱力したようにかえでの肩に自分の額を付ける加山。
一年と少し振りの再会はすっかりかえでのペースに乗せられてしまっている。
自分はこんなに不意打ちに弱い人間だっただろうか。
(まったく、ミスターサニーサイドも人が悪い…)
「はぁ…。まったく。敵わないな、あなたには」
思わずそんな言葉が出てしまう。
「それは私がいつもあなたに思っていることよ。キネマトロンの向こうのあなたはとても自信に満ちていたもの」
「それは俺があなたを一番好きだという自負がありますからね。もう観念してしまいますが、強気に出ないと不安だったんです」
「私が心変わりするとでも思ったの?」
「まさか。俺はかえでさんに好かれているという自負もありますよ」
いつもの自信ありげな表情に戻って加山が言った。
「じゃあ、どうして?」
「簡単なことです。あなたに触れたくて仕方なくなってしまうからですよ。堪らなくあなたに会いたくなってしまう。それを口に出してしまう前に強気で行こう、と。まぁ、俺の言葉に困惑しているあなたも可愛くて、それを見たかったというのもあるんですけどね」
「やっぱり私を困らせて喜んでたのね」
「はは。少しですよ」
「……でも、あなたが変わってなくて安心したわ」
静かに微笑んで、加山の胸にコツンと頭を預けるかえで。
「おや、ニューヨーカーになれてませんか?まだ」
かえでの言葉にそうおどける加山。
「もう。そういう意味じゃなくて」
「…あなたへの気持ちは揺るぎないですよ」
真剣な顔でそう言った後、加山はかえでを抱き締めた。
「まったく、あなたって人は」
「嫌いになりますか?」
「……なれる訳ないじゃない」
「それは良かった」
「ところで加山くん」
「何ですか?」
「いつまでこうしてる気?」
自分を抱き締めたままの加山にそう問う。
「そうですねぇ。ずっと…と、言いたいところですが。そういう訳にもいかないですしねぇ。かえでさんはどうしたいですか?」
しかし、逆に問い返す加山。
すっかり、復調したようだ。
「え?私?」
「はい。腕を解いて欲しいですか?それとも─」
そう言いながらも、加山は腕を解く素振りを微塵も見せない。
加山の中でかえでの答えは決まっているようだ。
「…さっきまでのあなたは夢だったのかしら」
呆れ顔でそういった後、
「……もう少しだけここに…」
加山にしか聞こえない位の小さな声で言うと、かえでは加山の頭を引き寄せるように腕を伸ばした。
「…あなたのお望みのままに」
引き寄せられるように、顔を近付けて─。

暫くして。
加山の用意した車に乗り込む二人。
「ところで、さっきあなたが見ていた手紙って何だったの?」
エスコートされて後部座席に乗り込みながらかえでが問う。
「ああ、これですか?」
そうサニーサイドからのカードをスーツの内ポケットから差し出す加山。
かえでが目を通したのを確認して、ニヤと笑う。

「充分過ぎますか?足りないですか?」

~あとがき~

「いつもの時間に、此処で」の続きとなっております。
前回、歯切れ悪かったので今回はちょっとラブ度高めになってます(笑
時間的には信長封印とツタンカーメン出現の中間くらいの感じで。
かえでさんをようやく紐育に連れて来ることが出来て嬉しいです( ̄ー ̄)ゞ
それにしても。
書いてて楽しいですね、加山は(笑

title by:dix/恋をした2人のためのお題『もう少しだけここに』

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