「完全なる敗北」
とある日の昼下がり。
秘書室のドアを叩く者が1名。
「はい」
メルがそう返事をするとドア越しに聞き慣れた声。
『メルくん?ああ、良かった。入ってもいいかな?』
「?はい。どうぞ」
「ありがとう。失礼するよ」
そうドアを開けて入って来る大神。
「ごめんね。仕事中に」
「いえ。ちょうど一段落したところでしたから」
「そうか。よかった」
言いながらも妙にソワソワと落ち着かない様子の大神。
「どうなされたんですか?」
「ああ、いや。ちょっとエリカくんたちに追われててね。メルくんが迷惑じゃなかったら、しばらくここに居てもいいかな?」
決まり悪そうに苦笑しながら大神が言った。
「それは構わないですけど」
何があったのかと強く聞かないところがとても彼女らしい。
メルのそんな気遣いが嬉しくて、大神から自然と笑みが零れる。
「ありがとう」
「そ、それじゃ、大神さんはそちらのソファにどうぞ」
大神の笑顔に見とれそうになったのか少し頬を染めながらメルが言った。
「あ、その、メルくんの机の後ろじゃダメかな」
「え?でも…」
大神の妙な申し出に困惑するメル。
「椅子はなくてもいいんだ」
「本当によろしいんですか?」
「ああ」
「大神さんがよろしいのでしたら…」
「ごめんね。重ね重ね無理ばかり言って」
そう言いながら、メルの机の後ろの壁に寄りかかるように立つ大神。
背中越しに大神の視線を感じてどうにも落ち着かないメル。
書類を整理する振りをして、気を落ち着かせようと試みる。
「…こうしてると思い出すな」
大神がポツリと言った。
その声に振り向くメル。
「え?」
「ここでさ、メルくんの捜し物に付き合ったことがあったよね」
グラン・マの気まぐれな出題に頭を悩ませていたら、通りかかった大神が助け船を出してくれたのだ。
「あの時は助かりました」
「俺の方こそ楽しかったよ。こんな素敵な物も貰ってしまったしね」
そうネクタイを触る大神。
そこには捜し物を手伝ってくれたお礼にとメルが大神に贈った黒猫を象ったネクタイピンが光っている。
「大神さん…」
「それに思いの外、メルくんに近付けたし。かえって得をしたよ」
戯けるようにそう言った大神にメルの頬が紅く染まる。
「もうっ。大神さんっ」
「はは。ごめん。軽蔑した?」
「…別にしませんけど」
「良かった」
大神のこういう笑顔に騙されてるんじゃないかと時々思う。
そう思ってしまう程、この笑顔が好きなんだと思う。
そんな事を考えてしまった所為か顔が熱くなっているように感じて、メルは大神に背を向けるように姿勢を戻した。
メルの突然のその行動に首を傾げる大神。
「どうしたの?メルくん」
メルの顔を覗き込むように話しかける。
「あ、あの、あまり見ないで下さい…」
「ん?どうして?」
「恥ずかしいじゃないですか…」
頬に両手を当てて少しでも冷やそうとしてみるものの、その両手も熱を帯びて来て。
そんなメルが愛おしく思えて来て、大神はメルを後ろから抱き締めた。
「…お、大神さんっ。エ、エリカさんたちが来たらどうするんですかっ」
「大丈夫だよ」
「ど、どうして言い切れるんですか?」
メルのその問いに、一拍置いてから大神が答える。
「あれは俺の嘘だから」
「え?」
大神の突然の告白に一瞬、真っ白になるメル。
大きくため息をついて、大神の手を解くと振り返り、椅子から立ち上がって言った。
「どういうことですか?!」
「んー、平たく言うと、メルくんと二人になりたかったって事かな」
悪びれる様子もなく、大神が言った。
「どうして嘘までつかなきゃいけないんですか?!」
「ものすごく君に会いたくなったからさ。もう本当に急を要するくらい」
いけしゃあしゃあとそう言い放つ大神にもう聞いてられないと頭を振るメル。
その顔は耳まで紅い。
「…信じられません。大神さん、嘘つきですし」
そう返すのが精一杯で。
「確かに俺は嘘つきだけど、これは本当だよ」
そう笑う大神。
やっぱり敵わない。
これで全部チャラにされてしまうと思う。
「…大神さんって狡いですよね」
呟くようにメルが言う。
「あー…、まぁ、否定はしないかな」
頭を掻きながら苦笑する大神。
「もう本当に狡いです…」
大神の胸に頭を預けるメル。
「ごめん。…軽蔑した?」
メルの髪に触れながらそう問う大神。
「…出来ません」
「良かった…」
そう微笑んだ大神に見とれながら、今日も負けてしまったと小さくため息をつく。
それでも全然悔しくないのは、それとは比べ物にならないくらい、温かい気持ちの方が上回っているからだろう。
巴里のある恋人たちの一コマ。
~あとがき~
久々の大神×メルでした。
実に3年振りくらい?( ̄∇ ̄;
そんなに経ってたんですね。
巴里話も久々ですよ。
ついでに言うなら大神さんも久しぶり(笑
お題が『嘘つき』ということで、
どうにかこうにか4/1に間に合わせたくて、急遽書いてみました。
間に合って良かった…。
構想半日です。
妄想の力っていうのは凄いですね!(死
久々な事もあって、ラブ度高めです(笑
…と、いうかメルが痛いコになってやしないか?Σ( ̄ロ ̄lll)
あああ、メルごめん。
ええと、あとがき的な事を言うと。
その場にシーが居ないのは大神さんが買収済みだからです。
…最低(笑
「君あるがため」も出た事だし、巴里もまた書いて行きたいなぁ。
title by:dix/恋をした2人のためのお題『嘘つき』