「1930年秋の話」大神×コクリコ コクリコ誕(10/10月作成)


 ─ある日突然、その事に気付いてしまった。

 「イチロー、もう起きなよ」
 呆れ顔でそう言いながら、まだ微睡みの中にいる大神に声を掛けるコクリコ。
 その声とともに大神の鼻孔をくすぐる朝餉の薫り。
 コクリコは大神が寝ている間に来て、朝食の支度を始める。
 「ああ。今日も旨そうだな」
 そんな事を思いながら、ベッドの中で伸びをしてから体を起こす。
 顔を洗って、着替えて、食卓について。
 神に感謝を捧げた後、今日の予定などを話しながら二人で食卓を囲む。
 それが大神が巴里に帰って来てからのコクリコとの習慣となっていた。
 流石に(他の団員たち、とりわけグリシーヌに苦言を呈されたので)同居こそはしなかったが、 こんな風に”家族”のように過ごす事に慣れてしまっていたから、すっかり油断していたのかもしれない。
 目の前で屈託なく笑う少女が時折大人びた表情を見せるようになっている事に。
 いつの間にそんな顔をするようになったのだろうと思う。
 「何?ボクの顔に何か付いてる?」
 思わず、見とれてしまった大神に不思議そうな顔でコクリコが言う。
 「ああ。何でもないよ。ちょっと考え事をしてただけだから」
 そう答えて誤魔化すようにカフェに口を付ける大神。
 「そう?あまり、無理しないようにね」
 さりげなく大神を気遣う事を忘れないコクリコに大神の口元が綻ぶ。
 そういうところは出逢った時から少しも変わらない。
 「ああ。ありがとう」
 自分が変に意識し過ぎているだけなのかもしれない。
 そう思う事にして笑顔で返すと、大神はマグカップを置いた─。
 

 「─それで、支配人。お話というのは?」
 数日後、大神はシャノワールの支配人室にいた。
 グラン・マに呼び出されたからだ。
 秘書室を通る際、シーに『大神さん、何やっちゃったんですかぁ?』と問われたが、思い当たる節などなく首を傾げて返した。
 本当に身に覚えがないからだ。
 ところが、今目の前にいるグラン・マは神妙な顔で大神を見つめている。
 何を言われるのだろう。
 それとも、帝都で何か異変でも起きたのだろうか。
 大神の顔に緊張が走る。
 「…ムッシュ」
 暫くして、グラン・マがようやく口を開いた。
 「…はい」
 思わず、唾を飲み込んでから返事をする。
 「あんたが初めてこの街に来てから何年が経つ?」
 グラン・マの思わぬ質問に、思わず拍子抜けする大神。
 「は、はぁ。4年位でしょうか。恐らく」
 「何だい?ハッキリしないねぇ」
 間の抜けた表情の大神に呆れ顔でグラン・マが言った。
 「すみません…。何か良からぬ事でも起きたのかと勝手に思ってまして…」
 「肩透かしを喰らったから、気が抜けたってのかい?全く、あんたは変わらないねぇ」
 「はぁ。面目ないです」
 「まぁ、いい。今日はムッシュに聞きたい事があってね」
 そう改めて大神を見つめるグラン・マ。
 「はい。何でしょうか?」
 敵襲などではなかったものの、グラン・マがわざわざ自分を支配人室にまで呼んでする話とは何なのだろうと、大神に再び緊張が走る。
 「さっきも聞いたけど、ムッシュがこの街に来てからもう4年が経つと言ったね」
 「はい」
 「それがどういう事だか解るかい?」
 グラン・マのその予想外の質問に戸惑いながらも大神が答える。
 「…4歳年を取った、でしょうか」
 「…何だ。解ってるじゃないか」
 そう言ってはみたもののそれに確証がない大神が首を捻る。
 「と、仰いますと?」
 「何だい…。解ってないのかい」
 「はぁ…」
 どうにも、精彩を欠く大神にため息を吐いた後、グラン・マが言う。
 「仕方ないねぇ。それじゃ、ムッシュ。単刀直入に言わせて貰うよ?」
 「はい」
 「あの子だって、いつまでも子どものままじゃないんだよ、ムッシュ」
 そう言われて、ようやくコクリコとの事を言われていたのだと気付く大神。
 それは確かに最近大神も思っていた事だった。
 いつまでも、気付かない振りをする訳にはいかないという事だろう。
 「そう、なんですよね」
 「当たり前じゃないか。あんただって気付いていたんだろう?」
 「はい…」
 「あんたがあの子を大切に想ってくれているのは解ってる。”家族”もいいさ。でも、いつまでもあの子は”妹”なのかい?それも寂しい思いをさせたくないっていうあんたの優しさだと思うけどね、ムッシュ。もし、あんたにあの子以外に大切なひとが出来た時、あの子はどうすれば良いんだい?”妹”だからって、それを祝福しなくちゃいけないのかい?…あの子のことだ。きっと笑ってそうするだろう。痛いくらいにね。勿論、逆だって有り得るんだからね」
 大神の胸にグラン・マの言葉が刺さる。
 …そうなのだ。
 ただの”家族”を貫くには限界があるのだ。
 唇を噛み締める大神にグラン・マが静かに言う。
 「ねぇ、ムッシュ。今度の誕生日であの子は16歳だ。エリカがあんたと出逢ったのと同じ位だ。意味は解るね?」
 「はい」
 「─あたしの話はそれだけだよ。呼び出して済まなかったね」
 「いえ。失礼します」
 そう一礼して、支配人室を出る大神。
 大神の出て行った後、苦笑しながら独り言ちるグラン・マ。
 「…やれやれ。あたしもお節介になったもんだね。まぁ、娘には幸せになって欲しいからね」

 
 支配人室から出た後、好奇心を前面に出すシーを『何でもないよ』とかわして廊下に出る大神。
 廊下を歩きながらグラン・マから言われた事を反芻する。
 『あの子だって、いつまでも子どものままじゃないんだよ』
 「そうなんだよな…」
 勿論、それには気付いていた。
 見とれる瞬間があるのも確かだ。
 コクリコの事を大切だと、守りたいとずっと思って来た。
 それは兄のような想いだと思って来た。
 だから帝都から帰って以来、”家族”のように接して来た。
 その事が間違っていたとは思わない。
 だが、グラン・マの言う通り、それがずっと続くとは限らないのだ。
 大切だから、守る。
 大切だから、そばにいたい。
 その事に揺るぎはない。
 だからこそ、今考えなければならないのは少し先の未来なのだろう。
 …正直、油断していた。
 ずっと変わらなかったから、変わった事に気付くのが遅くなってしまった。
 全くの不意打ちだ。
 「さて、どうしたものか…」
 そう独り言ちると、大神は帰路についた─。

 
 ─翌朝、大神は珍しくコクリコが来る前に目を覚ました。
 考え事をしている内に寝てしまったようで、どうにも眠れたのかそうじゃないのか判らない。
 それでも、もそもそとベッドから起き上がって顔を洗っていると、玄関のドアが開いてコクリコが入って来た。
 既に起きている大神を見て驚いたような顔を見せてから、笑って言う。
 「おはよう、イチロー。今日は早いねぇ」
 そんなコクリコを見つめながら、そういえば最近は髪を下ろしている事が多い事に気付く。
 それだけでも、雰囲気は違うというのに今まで自分は何を見ていたのだろうと思う。
 「何?どうしたの?」
 挨拶を返さないで呆けている大神にコクリコが言う。
 「…あ、いや。何でもないんだ。おはよう、コクリコ」
 「そう?」
 どうにも様子がおかしい大神に首を捻りながら、食事の支度をするため髪を後ろに束ねるコクリコ。
 流しの蛇口を捻って手を洗いながら、思う。
 『やっぱりおかしい』
 手を拭くと、大神の方に振り返ってコクリコが言う。
 「ねぇ、イチロー。何かボクに隠してるでしょ」
 コクリコの指摘に一瞬バツが悪そうな顔をした後、逆に質問を返す大神。
 「何でそう思うんだい?」
 「だって、最近よくボーっとしてる」
 コクリコのその言葉に大神はため息を吐いてから、言った。
 「心配を掛けてしまったね」
 「それはいいんだけど、何かあったの?」
 「うーん…。あったと言えばあったし、ないと言えばないと言うか…」
 「もう、ハッキリしないなぁ」 
 煮え切らない大神に、苦笑するコクリコ。
 全く、どちらが年上なのだか分からない。
 「ねぇ、イチロー。ボクに隠し事は無しだよ?」
 そう言うとコクリコは大神を真っ直ぐに見つめた。
 コクリコを見つめ返す大神。
 大神は一つ息を吐いてから、静かに話し始めた。
 「─コクリコと俺が出逢ってから、4年が経つよね。一緒に帝都から帰って来てからは3年だ」
 懐かしそうに、その当時を思い出しながらそう話す大神の表情は優しい。
 それはコクリコの一番好きな大神の表情だ。
 思わず見とれるコクリコ。
 「3年も君とこんな風に過ごして来たのに、俺は何も解っていなかった」
 「…どういうこと?」
 「近くに居すぎて何も見えてなかったって事かな」
 唐突な大神の話に困惑しながら、コクリコが言う。
 「イチローが?何を?」
 そんなコクリコの頬にそっと手を添える大神。
 「君がこんなに素敵なパリジェンヌになっていた事だよ」
 「え?え?」
 混乱するコクリコとは対照的に微笑む大神。
 大神のこんな表情は知らない。
 コクリコの体温が一気に上昇する。
 「あの…、イチロー?」
 「突然、驚かせたかな」
 「うん…」
 「俺はずっと君の事を妹のような感覚で見ていたんだ」
 「それは解ってたよ」
 恥ずかしいのか少し俯き加減でコクリコが返す。
 「そうなのかい?」
 「うん。だって、ボクは他のみんなと違って子どもだったからね」
 「コクリコ…」
 「…でもね、イチロー。ボクは初めからずっとイチローの事が好きなんだよ。今だったら解ってくれる?」
 頬を上気させながらそう言ったコクリコの手を握る大神。
 「…俺が君を待たせてしまってたんだな」
 「そうだよ。知らなかった?」
 少し得意げに、笑いながらコクリコが言う。
 「ああ。─だから、これからは俺を君の恋人にしてくれるかい?」
 「うん!」
 大神のその申し出に嬉しそうに頷くコクリコ。
 そのコクリコの額にキスを落とす大神。
 二人の新しい時間が始まる─。

 

~あとがき~

と、言う訳で大神×コクリコでした。
いやぁ、かなり苦労しました( ̄Д ̄;;
私にしては時間掛かってます。
動かない大神さんってそんなにないので(笑
でも、ずっと書きたかった話でもあるので書く事が出来て嬉しいです。
コクリコは成長したら、巴里花組の誰も勝てないと思うんですよ。
よく気が付くし、料理上手いし、絶対キレイになるし、何より花組の誰よりも大神さんに優しいですからね(笑
その後の二人もまた機会があれば書きたいなぁと思います。

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