真夜中に突然の来客。
普通だったら非常識だと追い返すところだが、心当たりがあったので昴は扉を開けた。
「す…昴さん、お誕生日…っ、おめでとうございます…っ」
息せき切りながら、開口一番に新次郎が言った。
「…新次郎。君はそんな事を言う為にわざわざこんな時間に来たのかい?」
「は、はい…。ご迷惑でしたよね?やっぱり」
昴の反応にシュンとなる新次郎。
あと十数分でもう日付が変わろうかという時刻になって、新次郎から突然通信が入って。
まだ起きているか聞かれたから、まだ起きていると答えた。
それだけ聞くと新次郎は慌ただしく通信を切ってしまったのだ。
恐らく、それから急いでこちらに向かったのだろう。
「昼にシアターで会えるじゃないか」
「…そうなんですけど。日付変わったら、昴さんの誕生日なんだなと思ったら居ても立ってもいられなくて。でも、こんな時間にご迷惑でしたよね。すみませ ん…」
すっかり落胆して、申し訳なさそうに新次郎が言った。
そんな新次郎に昴が言う。
「僕がいつ迷惑だと言った?」
「え?でも…」
「僕は君がここに来た理由を尋ねただけだ」
「はい…」
「…まぁ、いい。ここでこうしてても仕方ない。中に入るといい」
落ち込んでいる様子の新次郎を一瞥すると、昴はさっさと部屋へと戻って行く。
「は、はい。お邪魔します…」
一方で昴を怒らせてしまったんじゃないかと気が気じゃない新次郎。
部屋に招き入れて貰ったものの所在なさげに目をキョロキョロさせている。
「そんな所に立っていないで座ったらどうだい」
そんな新次郎に昴が着席を促す。
「あ、はい。すみません」
(やっぱり昴さん怒ってるよね…。確かに非常識な時間だもんな)
昴に言われるままにソファに座った後、ため息をつく新次郎。
すっかり意気消沈している様子。
(はぁ…。これ以上居ても迷惑なだけだし帰ろう…)
「昴さん、すみません。ぼく、帰りますね」
そう立ち上がる新次郎。
「君は勝手だな。突然来たと思ったら、もう帰るのかい?」
ティーセットをテーブルまで運びながら昴が言った。
「で、でも、ご迷惑が…」
新次郎のその言葉に眉をひそめる昴。
「僕はそんな事を言った覚えはない」
「すみません…」
俯く新次郎。
「…君は何か勘違いしてるようだな」
呆れたように扇子をパチと鳴らす昴。
「とにかく、座るんだ。これでは落ち着いて話が出来ない」
「はい…」
叱られている子どものように小さくなる新次郎。
新次郎が座ったのを見計らって昴もその隣に座る。
そして。
「…これから言う事は昴の独り言だ」
「え?」
「…僕は誕生日を特別な日だと思ったことは一度もない。一年の通過点の一つに過ぎないからだ。だから、今まで誰に祝われても何とも思わなかった。だが、 先ほど新次郎に祝われてそれも悪くないと思った。そんな事を思ったのは初めてだ」
「昴さん…」
昴のその告白に顔を上げる新次郎。
昴を見ると照れ隠しなのか新次郎から目を逸らした。
そんな昴の様子にようやくホッとしたのか新次郎が笑顔を見せる。
「良かったー…」
安心したように息を吐く。
「早合点するからだ」
「はぁ…」
(だって、さっきの昴さんの口振りだとてっきり迷惑だったんだと…)
「…新次郎。僕が先ほど君に理由を尋ねたのは、僕の誕生日が君を突き動かしたことが信じられなかったからだ」
新次郎の考えていることが判ったのか昴が言う。
(わっひゃあっ。ビ、ビックリした。ど、どうして判っちゃったんだろう)
「今度はどうして判ったんだ、かい?」
「…昴さんはぼくの心が読めるんですか?」
思わずそう尋ねた新次郎に昴がしれっと答える。
「…まさか。君が解りやす過ぎるだけだと思うけど」
「面目ないです…」
「君はさっきから謝ってばかりだな。昴の誕生日を祝ってくれる為に来たんだろう?」
「もちろんですよ!」
思い切り頷く新次郎。
暫くして。
「あーーーっ!」
何かを思い出したのか新次郎が突然頭を抱えて項垂れた。
「今度は何だい?」
そんな新次郎に驚きもせず、昴が問う。
「いえ、その、昴さんにおめでとうを言うことばかりを考えていたので、プレゼントを部屋に置いてきてしまったんです」
泣きそうな顔で新次郎が言った。
「それなら気にする必要はない」
「ですけど…」
「昴は言った。誕生日に新次郎がこうして真っ先に訪ねて来てくれた。それだけで十分だと」
「昴さん…」
昴の言葉に感動した様子の新次郎。
ジーンという表現が似合いそうな顔で昴を見ている。
「でも、そうだな」
そんな新次郎を何やら思案顔で見る昴。
「折角だから我が儘を聞いて貰おうか」
「は、はい!どうぞ!」
新次郎の返事を聞くと昴は隣に座る新次郎の膝に頭を乗せてソファに横になった。
「あ、あの…昴さん」
昴の行動にどうしていいか解らないのか恐る恐る昴を覗き込む新次郎。
「我が儘を聞いてくれるんだろう?」
そう不敵な笑みを浮かべる昴。
「そうですけど…」
「だったら暫くこうしててくれないか」
今度は穏やかに笑って昴が言った。
昴のその笑みに見とれる新次郎。
「…はい」
夢見心地に頷いて。
「…昴は言った。嬉しかったと…」
昴は囁くようにそう言って両腕を伸ばし、新次郎を引き寄せた。
…そして。
直後、赤面した新次郎の姿があったのは言うまでもない─。