「良いんですかねぇ…」
一升瓶を帝劇の屋根の上に持ち込んで、酒を酌み交わしていることに自分のことながら呆れつつ宍戸が言った。
「月に免じて大丈夫だ」
煌々と輝く三日月を見ながら、自信に満ちた顔で加山が返した。
「もし、何か起きたら大変ですよ。月組の隊長と副隊長が揃って酔っ払ってたなんてことになったら」
「起きないさ」
「絶対起きないとは考えるな、は隊長の言葉でしょうが」
「よく出来た部下を持って俺は幸せだなァ」
上機嫌に酒を飲み干す加山にため息を吐きつつも、加山がそう言うと本当に何も起きない気がするから不思議だと宍戸は思った。そう言う謎の魅力が加山雄一という男にはあった。
彼が率いている帝国華撃団月組は宍戸も含めて彼に心酔している者たちの集まりであった。
「仕事をたくさん寄越して下さる上司のおかげですよ」
宍戸が皮肉を込めてそう返すと加山はポンと宍戸の肩を叩いた。
「倣うより慣れろって言うだろう?」
「お陰様で隊長がご不在でも混乱はしませんよ」
「はは。何よりだ」
みな、隊長に認められたくて任務に勤しんでいるようなものですと宍戸は口にしなかった。
「奏組はどうだ?」
声色を変えずに加山が言った。
こんな風に急に近況を聞いてくるから、酔っ払ってもいられない。
「…敵の動向が読めないのは些か気になりますが、雅隊長を中心に纏まりつつあるように思えます」
「おまえが言うなら間違いないだろう。…と言うことだ、大神」
加山が呼びかけると大神が屋根裏からこちらに上がってくるところだった。
思わず、更に姿勢を正す宍戸。
「ああ、こういう場だから楽にしてくれ。宍戸くん」
「は」
大神は加山の隣に座ると、改めて宍戸を見た。
「彼らのおかげで大事にならずに済んでいる事件も多い。引き続き、奏組を頼むよ。宍戸くん」
花組隊長である大神と直接やり取りをするのは月組隊長の加山が主に行っている。
だから、宍戸が大神と直接話したのは数える程しかないが、目下に対しての口調ではない。かえって、居心地が悪くて宍戸は言った。
「了解しました。それから、大神隊長。自分のことは宍戸、とお呼び下さい」
宍戸の言葉に大神は苦笑すると頷いた。
「大神も来たことだし、飲むとしよう」
「もう飲んでたでしょうが」「もう飲んでただろ」
加山の言葉に二人同時に反応して、二人して気まずさから目を逸らした。
それを見ながら加山が大笑いして、いつの間に用意したのか大神の分の盃に酒を注いだ。
「乾杯しようじゃないか」
「そうだな」
「はい」
加山の言葉で三人同時に盃を持つと、一気に飲み干したのだった。
(了)