考え事をしている内に頭が冴えて眠れなくなって。
いっそ眠くなるまで起きていようと本を一冊手にすると、世海は昌平を起こさぬ様にそっと部屋を抜け出した。
(サロンは大体誰か居るし…、食堂なら誰も居らへんやろ…)
何故だか判らないが胸がざわついて誰かと話をする気分ではなかったのだ。
食堂の入口に立って中を覗いてみると当然の事ながら灯りも消えていて、食事時の喧噪が嘘であるかの様に静まりかえっている。
「流石にもう笙さんは居いひんどすやろ…」
そう独り言ちて食堂の片隅の照明の電源を探す。
と、後ろから人の気配を感じ世海は慌てて後ろを振り返った。
「誰かと思ったら…」
この場所で馴染みのある声に安堵の息を漏らす。
「…笙さん驚かさいでおくれやす」
「それはこちらの台詞よ」
互いに顔を見合わせて言い合う。
「食堂に居るのはまずいどすか?」
「そうねぇ。本当なら部屋に追い返すところだけど…」
「そうどすか…」
あからさまに困った様な顔をした世海を見つめる笙。
「どうしたの?眠れないの?」
「へぇ」
「…何か心配事でも?」
「心配事いうか…うーん…」
言葉を濁した世海に何かを察したのか笙が言った。
「あのコの事、とか?」
誰を指した訳ではないその言葉に世海の頬が紅をさした。
「しょ、昌平は関係あらしまへんっ」
言ってからしまったと口を抑える世海。
「誰の事なんて私は言ってないわよ?」
ニコと微笑んだ笙の顔を恐る恐る見つめると世海が口を開いた。
「笙さんにそやし言うけど聞いてくれますか?あと…」
「大丈夫よ。誰にも言わないわ」
不安げな世海の頬に手を当てて笙が言った。
「…おおきに。どなたはんにも相談出来おへんどしたさかい…」
笙の気遣いに苦笑しつつ世海が伏し目がちに話し始める。
「…ちびっと前の事なんどすけど昌平と遊びで接吻した事があるんどす」
「あなた達位の歳ならそういう事もあるかもしれないわね」
いつもと変わらぬ態度でそう相槌を打った笙に少しホッとした様に息を吐く世海。
「その事があなたの悩みの種?」
笙のその質問に首を振って世海が答える。
「接吻した事自体が原因ではないのね?」
「へぇ。何やこうモヤモヤしてしもて」
再びため息を吐いた世海に微笑む笙。
その笙の表情に首を傾げる世海。
「笙さん?」
「あなたは素直だなと思って。そのモヤモヤが何かもう解ってるんでしょ?」
「……何となくは」
「あなたはこのままがいい?それとも?」
「…判らへんのどす。僕がどないなりたいのか。でも…」
言い掛けて口篭もった後、小さく笑ってから言葉を継ぐ世海。
「また接吻してもええ思ってます」
世海の言葉に笙も微笑んで。
「もう眠れそうね」
「おおきに、笙さん」
憑き物が晴れた様に世海も微笑み返した。