「一つ、約束をしてくれぬか?」
コートを羽織り、帰り支度をするロベリアにグリシーヌが言った。
「知ってるだろう?約束をするのはアタシの信条じゃない」
グリシーヌの要望を却下するロベリア。
「─頼む」
緊迫した表情でロベリアを見つめるグリシーヌ。
どうやら退く様子のないグリシーヌに、諦めたようにため息を吐いてロベリアが問う。
「”お願い”とあっちゃ仕方ないね。何だよ?」
「…ただ触れるだけでは駄目だろうか…」
呟くようにそう言うグリシーヌ。
「は?」
そう聞き返したロベリアに自分の唇を指して。
「そうでなければ─」
ロベリアに背を向けて、言葉を続けるグリシーヌ。
「別れ難いなどと思ってしまう…」
その言葉で。
ロベリアはグリシーヌが何を言わんとしているのかようやく理解して。
不敵に笑って返す。
「別れ際のキスは軽めに─、とでも?」
頷くグリシーヌ。
「アンタは何も解っちゃいない」
「…何だと?」
「だってそうだろう?それだけで足りる筈がない。アンタもアタシも」
「!」
フンと鼻で笑って、思案顔でグリシーヌを見るロベリア。
「それでは、ごきげんよう」
掠め取るようにグリシーヌの唇に一瞬のキスを与えると、身を翻して窓へと向かう。
「…待て」
ロベリアを呼び止めるグリシーヌ。
「はぁい。何デショウ?」
振り返らずに立ち止まって返事をするロベリア。
まるで、そうなるのが判っていたかのように口角を上げて。
そんなロベリアの前まで歩いて、ロベリアの襟を掴んで自分の方に引き寄せるグリシーヌ。
そして。
ロベリアの唇を奪う。
「………ん……っ…」
吐息が混じり合うまで深く口づけると、グリシーヌは唇を離した。
「…前言撤回かよ?」
唇を舐めながら、ロベリアが言って。
「…うるさい」
俯き加減に赤面しながらグリシーヌが答える。
「解っただろう?離れるから、貪るんだろうが」
そう囁いて、グリシーヌの髪を指で掬ってキスを落とす。
「次に会う時まで躰が渇いてどうしようもなくする為にね」
「…渇く前に来い」
消え入るような声でグリシーヌがそう言って、ロベリアが大袈裟に恭しく礼をする。
「─女王様の仰せのままに」
それから。
いつも通り、窓の向こうの闇へと消えて。
ロベリアが立ち去ったのを見届けた後、グリシーヌは羞恥心から両手で顔を覆ったのだった。
別れ際のキスの余韻は当分消えそうにない─。