─子どもの頃は言えた事が、大人になると何故言えなくなってしまうのだろう。
不意に人混みで目眩を覚えて、立ち止まるかえで。
隣を歩いていた加山が直ぐにそれに気付いて、心配そうに言う。
「…少し休みましょうか」
「…そうして貰っても良い?」
加山の申し出に頷くかえで。
それじゃあとかえでを気遣いながら近くの公園に入り、空いているベンチを見つけると加山はかえでを其処に座らせてから言った。
「何か飲み物を買って来ますね」
「ええ」
ベンチに一人座りながら、ぼんやりと公園の噴水を見つめる。
ゆっくり深呼吸をすると、少し気分が楽になった。
「どうして、思い出すのかしら…」
そう独り言ちて、ため息を吐くと上から声が降ってきた。
「…何を思い出されるんですか?」
「加山くん」
「はい。どうぞ」
こんな物しかなくてと苦笑しながら、ラムネの瓶を差し出す加山。
「ありがとう。ふふ、ラムネなんて久し振りだわ」
笑顔で受け取ったかえでの隣に座って、ラムネを一口飲んだ後、加山が再び問う。
「…それで、何を思い出されたんですか?」
加山のその質問にラムネ瓶の中のビー玉をカランと一度鳴らしてから、かえでが言った。
「─まだ幼かった頃にね。姉さんと縁日に行った事を思い出すのよ」
「それだけを伺うと楽しい思い出のように聞こえますが」
「ええ。とても、楽しかったわ」
その時を思い出しながら、懐かしそうに笑うかえで。
だが、すぐに表情を曇らせて続ける。
「…でも、小さかった私ははしゃぎ過ぎてしまって、気が付いたら姉さんとはぐれてしまっていたの。
とても心細くて、周りの楽しそうな声や笑う声が全部怖い事のように思えてきて、人混みの中でただ立ち尽くしたわ。
姉さんははすぐにそんな私を見つけてくれて、その後はもうはぐれないようにと私の手をずっと握っていてくれたの」
苦笑して、顔を上げるかえで。
「─人混みの中にいるとね。時々、その時の不安だった事を思い出してしまって、足が止まってしまうのよ」
「そうだったんですか」
「ええ。でも、殆ど平気なのよ?」
心配そうな加山の様子に、もう大丈夫だと言わんばかりに明るく振る舞ってかえでが言う。
「でしたら良いんですが…。先程─、具合が悪くなられる前、かえでさん俺に何か言おうとしてませんでしたか?」
加山は真剣な表情でそう言うと、かえでの方に向き直った。
「…何故?」
「何となくですが、そんな気がしたんです」
「そう…」
「かえでさん、俺は大抵の事なら叶えられますよ?ましてや、あなたの事でしたら尚更」
だから遠慮なんて止しましょうよと加山が静かに笑って。
「…だって、とても子どもみたいな事よ?」
泣きそうな表情でかえでが答える。
「そういうのも良いじゃないですか」
優しく笑う加山。
「じゃあ、笑わない?」
上目で不安そうに加山を見つめて。
「笑いません」
右手を挙げて、天に誓って。
「…加山くんにお願いがあるの」
加山を真っ直ぐに見つめて、かえでが切り出す。
「─はぐれそうな時は手を握ってて貰っても良い?」
言った後、顔を真っ赤にするかえで。
「おやすい御用です」
そう頷いた後、かえでを抱き締める加山。
その優しい衝撃で二人の持っているラムネ瓶のビー玉がカラコロと鳴って。
二人は顔を見合わせて、笑った。
もう、かえでが人混みで立ち尽くす事はないだろう─。
title by: Fortune Fateみっつの約束「はぐれそうなときは手を握っていて」