「爆ぜる音律」ロベ花(10/07月作成)


茶道を嗜む花火が野点を出来るようにと、グリシーヌが邸の庭の一角に造らせた小さな日本庭園がある。
小さいと言っても、曲水式を取り入れており小川を通し、築山を作り、中国から取り寄せたという石を切り出して作ったつくばい、そこに水を注ぐ為の鹿おどし、更には東屋まである本格的な日本庭園で流石はグリシーヌだと言ったところだろう。
巴里の中にあって、その空間は日本そのものと言えた。
花火は其処の東屋に置かれた縁台に腰掛け、少しでも日本の夏を感じられるようにと両親から先日届いたばかりの線香花火を楽しんでいた。
バチバチと線香花火の爆ぜる音。
ジッとしていれば綺麗に華を咲かせてくれるけれど、少しでも揺らぐと呆気なく下に落ちて消えてしまう。
少しでも長く華を咲かせたいのであれば、ただ見つめるのが最善だ。
それは誰かを想う気持ちに似ている。
「─それでも、あなたを忘れてしまう訳ではないわ」
フィリップの事を思い、そう独り言ちる花火。
─花火には今、胸を占めている一つの想いがある。
それに気付いた時にはどうして良いか分からなかったけれど、意外とすんなりと受け容れている自分がいた。
気付いたからといって、態度を改めたりだとかあからさまに自分が変わるとは思わなかったからだ。
自分は案外冷静なのかもしれないと花火は思う。
「─へぇ、なかなか綺麗じゃないか」
そこに上から降ってくる声。
声を掛けられるまで気付かないほど、線香花火に集中していたのだろう。
顔を上げた瞬間に、思わず線香花火の玉を落とす花火。
「ロベリアさん」
「お。火、落ちちまったぜ?」
「あ…」
消えてしまった線香花火を足下の水桶に入れながら、花火が言う。
「─いらして下さったのですね」
「アンタからのこういう誘いは珍しいからね」
「そうですか?」
日本から線香花火が届いたから、一緒にどうかとロベリアを誘った。
確かに、皆ではなくロベリアだけに声を掛けることはそう無かったかもしれない。
何故だか、この日本の夏の風情をロベリアと感じたいと思ってしまったのだ。
「そうだろう?」
「そうかもしれませんね」
「そんなことより─」
そう花火を見つめるロベリア。
「それ、似合ってるじゃないか」
折角の線香花火だからと、花火は藍染めの朝顔の浴衣に身を包んでいた。
ロベリアは世辞は言わない。
それは本心から思ってのことだろう。
「ありがとうございます」
嬉しくて、頬を少し上気させる花火。
「浴衣です。日本ではお祭りや夕涼みの際に着る事が多いそうです」
「へぇ。アンタによく似合ってるよ」
そう意味ありげに口角をあげるロベリア。
「…何ていうか、艶めかしい」
「そんなことを言われたのは初めてです」
「そりゃあ、見る目がないんだ。アンタは充分色っぽいぜ?シャノワールじゃ、アタシの次にな」
フンと鼻で笑ってから、ロベリアは花火の隣に腰掛けた。
そして、正面を向いてまじまじと庭を眺めると、言った。
「この邸にこんな所があるなんて知らなかったぜ」
「私がいつでも日本を感じられるようにとグリシーヌが造ってくれました」
「アイツらは知ってるのか?」
「エリカさんたちですか?いいえ、知らないと思います」
「グリシーヌのヤツは?」
「滅多には来ませんが?」
何故そんな事を聞くのだろうと思いながらも、花火が答える。
それを聞いた瞬間、ニヤと笑うロベリア。
「へぇ。密会にはうってつけじゃないか。気に入ったよ」
「密会?」
その言葉の響きで、花火の顔が紅く染まる。
「そうだろう?ここにはアタシとアンタしかいないからね」
「そう、ですよね」
何処か火が宿っているようなロベリアの視線。
ロベリアのこういう視線はまともに見てしまうと心臓に悪い。
話を逸らすかのように、傍らに置いた線香花火を取る花火。
「ロベリアさん。どうぞ、線香花火です」
燭台に置かれたロウソクから火を点けてロベリアに渡す。
「ああ」
花火から線香花火を受け取るロベリア。
「で、アンタは何でアタシを誘ったんだよ?」
線香花火を見つめながら、ロベリアが言った。
自分も線香花火に火を点けてから、平然と答える花火。
「私がロベリアさんをお慕いしているからだと思います」
「アンタの事だろう?”思う”なのかよ?」
気が付けば、何処か他人事のような花火の言葉をロベリアが指摘する。
「あ…」
どうにも何処か他人事にしてしまうのが癖になっているのかもしれない。
「花火。アタシはアンタに聞いてるんだ」
「…私は、ロベリアさんが好きです」
線香花火を見つめたまま、花火が言う。
「奇遇だな。アタシもアンタが好きだよ」
同じように線香花火を見つめたまま、ロベリアが応えて。
バチバチと線香花火が爆ぜる。
柳のように広がる火花。
少しずつ華が鎮まって、ポトリと玉が落ちて。
それを合図に、見つめ合う二人。
そして、キスを交わして─。

─線香花火が爆ぜる。
火を点けなければ、その華は咲く事が出来ない。
牡丹のように開いて、松葉のように弾けて、柳のように揺れて、菊のように散って。
華は落ちてしまっても、それは心に遺る。
それは誰かを想う気持ちに似ている─。

~あとがき~

と、言う訳でロベ花でした。巴里年長組ー。
花火さんは黒とも白とも、むしろ灰色で。
ただ二人で線香花火をする話を書きたかっただけです( ̄∇ ̄;

title by:Fortune Fate夏のお題「爆ぜる音律」

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です