『雑踏の歩き方』
シアターのあるタイムズスクエアはいつでも人で溢れかえっていて、いわゆる雑踏というに相応しい場所だ。
通りを行く人々は足早に歩き、それぞれの目的地へと向かう。
そんな中で人にぶつからないように歩くのは、ある程度の技術が必要だった。
真っ直ぐ歩こうとすると道を遮られてしまうから、人の間を縫うようにして歩くのだ。
それを何でもない事のようにスマートにやってのけてこそ、ニューヨーカーに一歩近付けたと言える。
紐育に来て一年以上が過ぎ、新次郎もようやくこの歩き方に慣れて来たところだった。
だが、一人で歩く分にはこの歩き方は”目的地に早く着く”点では良かったが、二人で歩くには何だかとても味気ないように思える。
前を颯爽と歩くラチェットの後を追うように歩きながら、そんな事を思う新次郎。
勿論、仕事の所用で目的地に向かうのだから公私混同は慎しむべきなのだが、これでは何だかとても忙しないし折角二人で居るのに勿体ない。
散々迷った挙げ句、ラチェットを呼び止める新次郎。
「ラチェットさん、あの!」
呼び止められて、振り返るラチェット。
「何?大河くん」
歩を早めてラチェットの隣に並ぶ新次郎。
そして。
「すみません!」
「え?」
「手、繋いでもいいですか?と、いうか繋ぎます!」
ラチェットの手を取り、握る。
突然の新次郎の行動に意表を突かれたラチェット。
暫くして。
「あの、大河くん」
「すみません、仕事中なのは十分承知してます。でも、こうしていた方がはぐれないと思うんですっ!」
目的地はお互いに分かっている訳だし、もしはぐれたとしても現地で合流すれば良いだろう。
いざとなったら、キャメラトロンだってある。
自分の行動の理由を必死に弁解しようとする新次郎の姿に、公私混同だと窘める気も失せラチェットから笑みが零れる。
「…仕方ないわね。そういうことにしてあげます」
言葉ではそう言っているが、ラチェットもどこか嬉しそうだ。
「ラチェットさん。ありがとうございます」
ホッとしたように笑顔を見せる新次郎。
「ところで、大河くんにひとつ聞きたいのだけれど」
「?はい」
「これを先方に届けたら、ランチを一緒にどうかしら?」
「はい!ご相伴します!」
ラチェットからの提案に思い切り頷いて。
「それじゃ、早く届けてしまいましょう」
「はい!」
手を繋いで、再び雑踏に歩き出す二人。
─これも、雑踏の歩き方の一つ。
~あとがき~
この台詞は新ちゃんに言わせたいな、と。
ラチェットさんも内心ドキドキしてると良いです。
title by: Abandon恋人に囁く10のお題「手、繋いでいい? てか繋ぐ。」