『小さな幸せ』
こんな酷い風邪をひいたのは一体どれくらい振りなんだろうと、どこか現実味のない意識の中で大神は思った。
基本的に熱には強い方だし、ちょっとやそっとで倒れるような鍛え方はしていない。
立っているのも辛いほど体調を崩すのは、本当に久し振りだった。
よほど顔色が悪かったのかグラン・マの命令で仕事を早く退いて、どうにか自分の部屋に辿り着いてからの記憶が曖昧だ。
ようやく、部屋に辿り着いた安心感からかベッドに倒れ込むように横になったのは覚えている。
時計を見ると、あれから数時間眠っていたらしい。
でも、そのおかげで目が回るようなあの感覚はなくなっている。
熱も少しは下がってくれたようだ。
安心したところで喉の渇きを覚えて水が欲しくなったが、その為にはベッドから起き上がってキッチンに行かなくてはならない。
体がどうにも怠くて、ただそれだけの事がとても億劫だ。
起き上がれないほど重病ではないし、だからといって動き回れるほど回復もしていない。
思わず、ため息を吐く大神。
こういう風邪をひいた時は姉さんが甲斐甲斐しく面倒を見てくれたっけ、などと幼い頃を思い出す。
体調を崩した時こそ、家族の有り難みが解るというのは本当なのかもしれないと苦笑する。
そう思ったところで、この部屋には自分独りしかいない。
自分の面倒は自分で見るしかないのだ。
諦めてもう一眠りするか、観念して起き上がるしかない。
前者を取ろうと、布団を掛け直したところで扉を二回ノックする音。
が、返事をする気力も起き上がる気もなくただ扉を見つめる大神。
暫くそうしていると、ガチャガチャと鍵を開ける音がして扉を開けて誰かが入って来たようだった。
本当だったら、扉を勝手に開けて入ってくるなど不審極まりないと警戒するところだが、何故かそういう風に感じられなかったのは足音に聞き覚えがあったからだろう。
「…メルくん…?」
ベッドからそう呼び掛けてみると、部屋の明かりが点いてメルが申し訳なさそうに顔を見せた。
「…すみません。起こしてしまいましたか?」
「いや。ちょっと前に起きたんだ」
上体を起こしながら大神が言った。
「…顔色も少し良くなられたみたいですね」
大神の顔色を見て、安堵の息を漏らすメル。
「ああ。大分、マシになったよ」
「良かった…」
「心配を掛けてしまったね」
風邪なんて滅多にひかないんだけど、そう苦笑する大神にメルが笑顔で返す。
「それよりも、大神さんはゆっくりお休みすることを考えて下さい」
そうでなくてもお忙しくされているんですから、と心配そうに付け加えるのも忘れずに。
「ああ。ありがとう、メルくん」
そんな気遣いが嬉しくて思わず口元が綻ぶ。
「…ところで、メルくんにお願いがあるんだけど、」
そう言ったところで。
大神の腹の虫が存在を主張する。
顔を見合わせる二人。
「ごめん!何か作って?」
申し訳なさそうにそう言った大神にメルが頷く。
「喜んで」
笑ってから。
持参した紙袋を手にキッチンへと向かうメル。
照れ隠しに頭を掻いてから、再びベッドに横たわる大神。
ベッドの中で思う事は一つ。
『たまには風邪をひくのも悪くないかもな』
そんな小さな幸せを噛みしめながら、キッチンから聞こえる音に更に幸せを感じる時間─。
~あとがき~
カプもの定番、風邪引き話ー。
大メルで日常話を書きたかったので。
あとお題から連想して。
「御免、何か作ってっ」って、結構相手を選ぶ言葉ですよね(*’ ‘*)
title by: Abandon恋人に囁く10のお題「御免!何か作ってっ。」