誕生日のイメージ。
崩れ落ちそうなほど、床に高く積み上げられたプレゼント。
食べ切れないほど、テーブルの上に並べられている豪華な食事。
名前などは覚えていられないほど、代わる代わる挨拶に来る名のある人々。
年端もいかないたった一人の少女に、大の大人が我先にとポジショニング争いをする。
そして、傲慢にも自分がそうされるに値する人間だと当然のように思っていた。
それが。
ラチェットのイメージするところの誕生日だった。
幼い頃から両親と離れて暮らしていた所為か、家族や近しい者だけで誕生日のお祝いをした記憶は無いに等しい。
─だから、こんな風に仲間や友人に囲まれて誕生日を祝って貰っている自分というのがどうにも想像が出来なかった。
上辺だけではない本心から祝いの言葉をくれる皆に、自分はどう返せばよいのだろう。
どう振る舞えば、自分の感謝を伝えられるのだろうか─。
酔い覚ましに風に当たってくるとプラムに声を掛け、サニーサイド邸の庭に出るラチェット。
庭先からも賑やかな皆の様子が伝わって来て、ラチェットから自然と笑みが零れる。
本当に皆の事が好きだと思う。
でも、それを上手く伝えられる術を知らない。
思わずため息を吐くラチェット。
「あ、ラチェットさん。こちらにいらっしゃったんですか」
声を掛けられ振り向くと、新次郎が中から出て来た所だった。
「大河くん」
「どこかお加減でも悪いんですか?」
庭に出て呆けていたラチェットに、心配そうに新次郎が言った。
「ううん。ちょっと、酔いを醒まそうと思って」
「風に当たると気分も良くなりますよ。ぼくも少し酔ってしまいました」
そう苦笑した後。
ラチェットを見つめて、新次郎が問う。
「…何か心配事でもあるんですか?」
「どうして?」
「先ほどから、時々何かを考え込まれていらっしゃるご様子だったので」
だから気になってこちらに来てしまったんです、と躊躇いがちに新次郎が言った。
「そう…。見られてしまっていた訳ね」
私もまだまだね、と苦笑して返すラチェット。
一度、俯いてから。
顔を上げて、新次郎に言う。
「…もし、大河くんの迷惑なのでなかったら聞いて貰える?」
「ぼくでよろしければ喜んで」
「ありがとう」
そう微笑んでから、前に向き直ると池の水面を見つめながらラチェットが続ける。
「─誕生日を祝って貰う事がこんなに嬉しい事だなんて知らなかった…って言ったら笑う?」
自嘲気味なラチェットのその問いに首を振る新次郎。
「いいえ」
「ふふ。大河くんは優しいわね」
新次郎らしい反応にホッとしたように笑って、呟くようにラチェットが言った。
「…舞台に立つようになって、気が付いた時にはとても華やかで上辺だけの言葉が飛び交う場所に居たわ。でも、それが私には普通だったし、当たり前の事だと思っていた。だから、こんな風に大好きな人たちに囲まれて誕生日を祝って貰う事がこんなにも幸せになるものだなんて思ってもいなかったの。今までの誕生日が全て偽物だって解るくらい、本当に嬉しくて仕方ないのに皆にそれをどう伝えて良いか分からないのよ。ねぇ、大河くん。私はどうしたら良い?」
縋るような表情のラチェットを安心させるように微笑む新次郎。
「ラチェットさんのそのお気持ちは皆に伝わってると思いますよ」
「でも、」
「ラチェットさんが笑顔で居て下さっている事がぼくたちには何よりのお返しなんですから」
「本当に?」
まだ不安そうなラチェットに優しく言い聞かせるように新次郎が言う。
「それでも気持ちを伝え足りない時には、ピッタリの言葉がありますよ」
「それは何?」
「ラチェットさんもよくご存知の言葉です」
そう言われて、一瞬考えた後。
自信無さそうにラチェットが答える。
「…”ありがとう”?」
「はい」
笑顔で頷く新次郎。
「それだけで良いの?」
「これ以上の言葉はないと思いますよ」
そう言った新次郎の真っ直ぐな目に思わず見とれるラチェット。
「…あなたが言うなら間違いないわね」
ようやく、安堵の表情でラチェットが笑う。
「いつもは間違ってばかりですけどね」
えへへ、と笑う新次郎。
「ねぇ、大河くん。こんな風に簡単な事も分からない私だけど、呆れないでそばに居てくれる?」
頬を紅く染めながらそう言ったラチェットを愛おしそうに見つめた後、その手を握って新次郎が答える。
「ぼくでよろしければ喜んで。改めて、お誕生日おめでとうございます。ラチェットさん」
「ありがとう、大河くん」
新次郎の頬にキスで返すラチェット。
幸せな誕生日の始まり─。
~あとがき~
ラチェ誕2010、新ラチェでした。
これを書く為に、久々に劇場版を観たというか。
劇場版を観たから、この話が出来たというか。
急に世界が変わって見えるっていうのは、堅い言い方をすると今までとは違った情報の取捨選択も求められてくるし、今までの経験は何だったんだろうと思う事もしばしばあると思うので、そういう時に無条件に一緒に悩んでくれたり助言をくれたり笑顔で迎えてくれる人たちがそばに居てくれているっていうのは嬉しいよねという話。
ああ、何か真面目に語ってしまった( ̄∇ ̄;
あと、今回は久し振りにnotお題(笑