「――――ってこと?」ラチェ新(10/04月作成)

『Please,kiss me?』

悩んでも仕方ないのだが。
こういう時にどうすれば良いのかその術を知らない。
こんな事ならこの間帝都を訪れた時に一郎叔父に聞いておくんだった。
─などと、遥か帝都にいる歴戦の叔父に心の中で救いを求める新次郎。
そんな新次郎の傍らには、ピッタリと新次郎に寄り添うように隣に座るラチェット。
しかも、この場所には彼ら二人しか居ない。
微笑みを絶やさずに新次郎を見つめるラチェットのその瞳は潤いを湛えていて、世の男性の殆どが”これは好機だ”と捉える事だろう。
但し。
彼女が酔っ払っていなければという前提の下にだが。
自分の部屋だという開放感からか、新次郎と二人だという安心感からか(新次郎にとっては不名誉だが)、気を楽にしていたのかもしれない。
気が付けば仏蘭西から取り寄せたというヴーヴ・クリコのヴィンテージ・リザーヴを殆ど一人で飲んでしまっていた。
「美味しいお酒はやっぱり飲みやすいわね」
頬を少し紅く染め満足そうにそう言った後、対面の新次郎を見つめるラチェット。
「大河くん、何でそっちに居るの?」
ポンポンと自分の座っているソファを叩いて自分の隣に座るよう、暗に要求する。
「し、失礼します」
緊張した面持ちで隣に座った新次郎とは対照的に機嫌良さそうにその肩に寄り掛かるラチェット。
─そして。
現在のこの状況に至るという訳だ。
腕を伸ばしてラチェットの肩を抱き締めて良いものか迷って、腕を右往左往させる新次郎。
「どうしたの?大河くん」
そんな新次郎の顔を覗き込むラチェット。
「い、いえ。なななな何でもないですっ」
思わず声が上擦ってしまい、すっかり挙動不審だ。
「そう?」
ラチェットはそんな新次郎を気にする様子もなく、グラスに更にシャンパンを注ごうとしている。
が、ボトルから流れ出る筈の黄金色の液体はグラスに一滴二滴ほど落ちただけで止まってしまった。
「あら?」
首を傾げるラチェット。
「冷蔵庫から新しいのお持ちしましょうか?」
このままでは手持ち無沙汰でどうにも居たたまれないと思ったのか立ち上がろうとする新次郎。
そんな新次郎の前を遮るようにその肩に手を置くと、ラチェットは新次郎の唇を掠め取るように口づけた。
「!?」
混乱している新次郎を余所に笑いながらラチェットが言った。
「ふふ。大河くんがキスしてくれないからよ?」
「え、えっと」
すっかり振り回されて、赤面する新次郎。
何がどうで、何が何やら、何て返せばよいのかと必死に頭を働かせるがどうにも打開策が思い浮かばない。
「ねぇ、大河くん」
「は、はい」
次は何を言われるのか心臓の鼓動が早くなる。
「私は大河くんが好きよ?」
「あ、ありがとうございます」
「あ。お礼はキスでね?」
「え?」
「――――ってこと?」
満面の笑みで新次郎の唇に自分の指をあてるラチェット。
「あ、あの…」
例え酒を飲む事があっても、量を飲むことがなかったからラチェットが酔う姿というのは想像が出来なかった。
サジータの酔っ払う姿には度々遭遇してたが、ラチェットのこの状態はそれよりも質が悪いかも知れない。
少なくとも、新次郎にとっては。
ラチェットをチラと見た後、覚悟を決めたように深呼吸をする新次郎。
そして、待ち受けるラチェットの唇に口づけた。
「ありがとう。嬉しい」
唇を離した後、うっとりした表情でラチェットが言った。
面と向かってそう言われたのが照れ臭くて、赤面するばかりの新次郎。
次の瞬間。
急に新次郎の膝に倒れ込むラチェット。
「ラチェットさん?!」
驚いてラチェットを見ると、寝息とともに眠りに落ちてしまっている。
どうやら酔いが極度の眠気を誘ったらしい。
苦笑する新次郎。
「…ぼくもまだまだだなぁ」
ラチェットの寝顔を見つめるととても幸せそうで。
「ぼくにはまだまだ分からない事がたくさんありますけど、こういう風にあなたに笑ってもらえるように頑張りますね」
ソファに置いてあったブランケットを手繰り寄せて、ラチェットに掛けた後。
愛おしそうにラチェットの額にキスを落とす新次郎。
眠るラチェットの頬が少し紅く染まった事を新次郎は知らない─。

~あとがき~

…というわけで、ラチェ襲い受けでした(笑
カプ話の鉄板、酔っ払いネター。
ラチェは自分がキスしたい言い訳にすると良いと思います。
新次郎は困らされると良いよ!
ラチェは意外とお酒に強い気がするので(かえでさんとガチで飲める程度には)、これ位では酔わないと思います(笑

title by: Abandon恋人に囁く10のお題「――――ってこと?」

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