「Take It easy.」
簡単に”好き”だなんて言えやしない。
言ったところでいつものジョークだって軽く流されてしまう。
ラチェットが本気に取ってくれないのは、僕の所為だって解っている。
正直言って女性に不自由した事はないし、一夜限りなんて事も数え切れない。
僕は自分のそういう価値を解ってたつもりだったから、それでビジネスもうまくいくのならそれに越した事はないと思っていた。
彼女たちの誰もが僕の意のままになってくれた。
頭の良い女性ほど、ビジネスライクな関係を好み(勿論、形式上はという意味で)、そして深みにはまりやすい。
だから、なるべく背徳心をかき立てるような扱いさえすれば、背徳心は何よりの媚薬となって冷静さを欠かせ、僕につけ入る隙を与えてくれた。
いつだってそんな付き合いしかしてこなかった。
薄っぺらい関係の方が余程リアルに感じられたからだ。
恋だ愛だなんて、とても嘘くさいもののように思えた。
それでも、上辺だけで愛を語る事は幾らでも出来る。
相手が望めばそんなものは幾らだって与えた。
別れ際には決まってこう言われたけどね。
『あなたの笑顔も言葉も全部が嘘ね』
そして、僕は決まってこう返した。
『ベッドの上だけが真実さ』─と。
そんな付き合い方しかして来なかった。
そんな付き合い方しか知らない。
ラチェットにはそのセオリーは通用しない。
愛なんて信じて来なかった僕がどうやら本気になってしまったらしい。
13も下の女性にだ。
まったく滑稽だよ。
この僕がどうしていいか判らないなんて。
「…ラチェット、君はどうすれば僕の方を向いてくれるんだい?」
思わずそう独り言ちる。
こんなのまるでチェリーだ。
こんなの僕じゃない。
ため息をついたところで、扉をノックする音。
『サニー、ちょっといいかしら?』
ラチェットだ。
何もこんな気分の時に来なくてもいいのに。
「ああ。開いてるよ」
返事をすると、扉が開いてラチェットが入って来た。
ツカツカと歩いて、僕のデスクの前に立つ。
「次の公演の事で相談があるのだけれど」
「いいよ。じゃあ、そこのソファで話そうか」
そうラチェットをソファに促す。
僕の気持ちなんて知らないで、無防備に僕の隣に座るラチェット。
ここで君を抱き締めたら君はどんな顔をするんだろう。
「まず、これを見て欲しいの」
ラチェットに差し出された資料を受け取り、軽く目を通す。
「…へぇー。ニッポンが舞台なんだね」
「えぇ。前に『マダム・バタフライ』をやった時に評判が良かったじゃない?特に昴に見とれている人が多かったわ」
「まぁ、確かに。東洋の神秘って言うか、あの奥ゆかしさって言うのが良いんだろうね」
「えぇ。だから、今回はニッポンの能をベースにして─」
髪をかき上げながら、一緒に僕の手元の資料を覗き込むラチェットに思わず見とれる。
「…って、サニー。聞いてるの?」
「ああ、すまない」
こんなに近くにいるのにどうして伝わらないんだろう。
どうしたら君に伝わる?
「…ねぇ、ラチェット。君はこういう話を知ってる?
─ 昔、ある美しい女がいた。その人のあまりの美しさに求婚する男が後を絶たなかった。大抵は諦めてしまったけど、その中の一人に諦めの悪いのがいてね。どうしても君じゃなきゃ嫌だって駄々を捏ねた。そこで女はその男にこう言った。『百日間、私の所に通う事が出来たらあなたとの事を考えましょう』─と。女はそれで男が諦めてくれるだろうと思ったんだ。ところがね、その男はそれを鵜呑みにして通い続けたんだ。来る日も来る日もその人の所へ。でも、あと一日だという九十九日目に男は命を落としてしまった。想いは結局叶わないままに終わった─。
この話を最初に聞いた時、僕は『ああ、何て馬鹿な男なんだ』と思ったよ。でも、そうするしかなかったんだ。それしか術がなかったんだから。僕だってそうだ」
「サニー?」
「僕は君が好きだ」
「ちょ、ちょっと、サニー。突然、何を言うの?!」
急に真剣な表情でそう言った僕に慌てた様子のラチェット。
「突然なんかじゃない。僕はずっとそう言ってる。君はジョークだと思ってたみたいだけど」
「だって─」
「君が好きなんだよ、ラチェット」
結局、簡単な事だ。
伝わらないなら、伝わるまで言い続けるしかないのかもしれない。
何回だって何十回だってそれ以上でも。
「君が好きなんだ」
「ちょっと待って…」
赤面した頬に両手をやって、ラチェットが僕に背を向ける。
深呼吸して、少し頭を整理している様だった。
ずっとジョークだと思ってたラチェットにしてみれば、僕のこの告白は青天の霹靂だろう。
「待ってもいいけど、それでも僕は君を好きだって言い続けるよ?」
「サニー、お願い…」
「それじゃ、解ってくれたのかい?僕が本気だってこと」
「えぇ…」
「君は僕が嫌い?」
「嫌い…じゃないわ」
「じゃあ、好き?」
「ちょっと、サニー…」
答えを急ぐ僕に戸惑った様子のラチェット。
「待ったはもう無しだよ。そんな余裕ないんだ」
君を抱き締めたくて仕方ないこの腕を抑えているのが精々なんだ。
「…ずっと、ジョークだと思ってたから。あなたにとっては挨拶と同じで。だから、本気にしちゃいけないって思ってたから…」
ねぇ、ラチェット。
その口振りはまるで。
「君も僕の事を好きだって言ってくれているの?」
背中を向けたまま、ラチェットが小さく頷く。
「Oh!my god!」
「…きゃっ」
あまりの嬉しさにラチェットを後ろから抱き締めた。
「やっと君を抱き締められた!」
「…大袈裟よ」
恥ずかしそうに小さく笑ってラチェットが言った。
「だって、こんなに我慢したことはなかったんだから」
「仕方のない人ね…」
「君が初めてだよ」
「…光栄ね」
そして、僕を振り回してくれる君に敬意を表してこの言葉を。
「…君が好きだよ、ラチェット。誰よりもね」
~あとがき~
サニーBD記念のサニラチェSSでした。
初サニラチェです。
サニーがヘタレ気味になってしまいましたが( ̄∇ ̄;
サニーは書いてて楽しいなぁ。
自然とU田さんボイスで喋ってくれるよ(笑
時間は特に設定してませんが、
少なくとも『マダム・バタフライ』より後でスター・ファイブが揃ってる状態です。
サニーがラチェットに話した物語。
お気付きの方も多いと思いますが、小野小町と深草少将の話です。
能の演目にもなってますし、サニーは日本の物語とかも知ってそうな気がしたので引用してみました。
この話は続きがあって。
死しても尚、想いを捨てきれない深草少将が怨霊となってまで想いを果たそうとするという。
そこまで語らせると重いので止めました(笑
お題は「理論武装の恋」でした。
クリア…出来たのかな…( ̄‥ ̄;)
今回は作中ワードではなく、イメージでいってみました。
title by:dix/恋をした2人のためのお題『理論武装の恋』