『素晴らしい休日』大神×メル(04/05月&05/03月作成)


 大神一郎はアパルトマンの階段を降りながら、上着のポケットに手をゴソゴソと入れた。
 部屋を出る時に確認はして来たが、本当に何も忘れていないか再度確認する為だ。
 それに今だったらまだ階段を駆け上がるだけで済む。
 ポケットを探ってみたが、どうやら階段を戻らなくても良さそうだ。
 これで安心してデートに臨めるというわけだ。
 今日は久し振りにメルとデートだ。
 待ち合わせ場所へと向かいながら、先日のシーとの会話を反芻する。
 あれはシーと二人で道具部屋の片付けをしていた時だった。
 「そういえば、大神さん。最近、メルとデートとかしてるんですかぁ?」
 シーが突然そんなことを聞いてきた。
 「あ…いや…実は全然…」
 予想外の質問に言いにくそうに答える大神。
 「全然ってどれくらい?」
 そう大神の顔をじっと見るシー。
 「その…俺がこっちに帰ってきて直ぐに一回だけ」
 申し訳なさそうに心なしか小声で大神が言った。
 「ホンットに全然じゃないですか!!」
 「だから全然って言ったじゃないか…」
 「大神さんってぇ、自分の方に振り向かせちゃったら後は構わないタイプなんですかぁ?」
 疑いの眼差しで大神を見るシー。
 「ち、違うよ!」
 誤解だと慌てて弁解する大神。
 しかし、シーのその言葉を聞いて、確かに少し安心してしまっているところがあるのかもと内心思ってしまう。
 「じゃあ何でデートしないんです?メルが可哀想ですぅ!!」
 「いや、その…」
 『いろいろ忙しくて』と言おうとした大神の心を見抜くかのようにシーが鋭く言う。
 「忙しいのは理由になりませんからね!!」
 すっかり返す言葉もない大神。
 天下の巴里華撃団・花組隊長も形無しである。
 「うっ…。今日は突っ込むねぇ、シーくん…」
 「当然ですよっ!大神さんだからメルを任せられるかと思ったのに、肝心の大神さんは無関心というか優しくないですよぅ」
 「うーん…。そう言われてもなぁ…」
 無関心にしているつもりは毛頭ないのだが、シーにはそう見えてしまったらしい。
 シーにそう見られているということは、他の皆にもそう思われているのだろうか。
 ジャンたち整備班を除けば女性主体の職場なのである。
 女性を敵にすることは快適な職場環境に繋がらない。
 更に言うならば、直属の上司である支配人…─グラン・マは兎角こういったことにはうるさい、いや厳しい。
 仕事よりも恋。
 仕事も恋も両立出来るのは尚また良し。
 それがパリジャンだとグラン・マは言う。
 いや、この巴里という街そのものがそう言っているように見える。
 帝都も西欧化してきたとはいえ、まだまだ巴里のようにどの恋人同士も仲睦まじく往来を歩く、というところまではいっていない。
 大神も今でこそ見慣れたものだったが、巴里に来た当初は思わず目を逸らしてしまったほどだ。
 しかし、見慣れるのと自分がそうなるのとでは話が違う。
 実際はそのタイミングを逸し続けて今に至ってしまったわけなのだ。
 「トーキョーではそれが普通だったかもしれませんけど巴里は違いますからねっ!!」
 とにかく、シーのいつにない勢いに押されて慌ててメルとデートの約束を取り付けたのであった。

 待ち合わせ場所に着くと、そこには既に約束の相手─メル・レゾンが立っていた。
 大神だって決して時間にルーズな訳ではない。
 むしろ、時間には正確な方である。
 現に今だって待ち合わせ時間の15分前である。
 メルは詩集を広げつつも、何やら落ち着かない様子で時計を見たり髪を触ってみたりとソワソワしている。
 その様子が何だか可愛らしく見えて、思わずその場に立ち止まって見入ってしまう大神。
 そんな大神に気付くメル。
 「お、大神さん!」
 慌てて大神の方に向き直る。
 「やぁ」
 「いつからそちらにいらしたんです?」
 「いや、今来たばかりだよ」
 言ってから、『見とれてたから声は掛けなかったけど、それは嘘じゃないんだしいっか』などと考える大神。
 「本当ですか?」
 対し、先ほどまでの落ち着きがなかった自分を見られていたんじゃなかろうかと聞き返すメル。
 「そうだよ。何で?」
 「い、いえ。」
 「それよりもメルくんを待たせてしまったね」
 「でも時間前ですから全然遅刻じゃないです」
 「それでもさ。俺の方が遅かったからさ。…実はちょっと悔しかったりもしてるんだ」
 「え?」
 「俺の方が先に来て待ってようと思ってたのに」
 拗ねたような口調でそう言った大神にメルは思わず噴き出した。
 「ふふ。大神さんって意外と…」
 「意外と子どもっぽいって?」
 言わんとしてたことを大神に先に言われ慌てて謝るメル。
 「す、すみません」
 「いや、いいんだ。本当のことだし、自分でもそう思うよ」
 照れ臭そうに笑いながら大神が言った。
 「大神さんってもっと大人な方なんだと思ってました」
 花組隊長としてあの超個性派隊員たちをまとめ上げているその姿からは想像もつかない。
 「がっかりしたかい?」
 大神のその言葉にメルは首を横に振った。
 逆に微笑ましいとさえ思ったからだ。
 「いえ。…そういうの、いいと思います」
 「ありがとう。そう言ってくれると助かるよ」
 メルの返事にホッとしたように言う大神。
 「はい」
 「うん」
 「………」
 「………」
 どうしていいか分からない空気が二人の間に漂う。
 先に口を開いたのは大神。
 「と、とりあえず移動しようか」
 「は、はい」
 「と言っても、どこに行くかを決めてないんだ。はは。ちゃんとエスコートしなさいってシーくんに叱られてしまうね」
 苦笑しながら大神が言った。
 シーに急き立てられるままにデートに誘ってみたものの、場所を決めかねている内に今日のこの日を迎えてしまったのだ。
 「メルくんはどこか行きたい所はあるかい?」
 大神にそう言われ、メルは少し考えてから言った。
 「…そうですね。では…」

 どこか行きたい所はないかという大神の問いに対し、メルがリクエストしたのはブローニュの森。
 巴里の西、16区に隣接する863ヘクタールもの広大な森だ。
 帝都東京の日比谷公園の50倍もの面積を誇る。
 広大な敷地内には大小多くの湖や池、庭園が美しいバガテル公園、そして整備班長ジャン・レオお奨めのロンシャン競馬場などがある。
 元は王族の狩猟地であった所を第二帝政─ナポレオン三世の時に、共に巴里大改革を行ったセーヌ県知事オスマン男爵によって公園として整備された。
 整備される前は盗賊や密猟者など犯罪者が出入りする物騒な所だったと言うから、その森の鬱蒼と木々が生い茂っているその様は今とは比較にならなかった事だろう。
 今でも、奇怪なウサギ人間を見たとか見ないとかそんな話が噂に上るくらいで。
 それが、公園として整備されてからは都会生活に疲れた巴里市民の格好の散歩コースとなり、休日ともなると家族連れや恋人たちが緑に囲まれたそこで日々の疲れを癒やしに来るようになったという訳だ。
 「これはゆっくり出来そうだね」
 木々に囲まれた径を歩きながら大神が言った。
 「普段賑やかな場所にいますから、たまに喧噪を離れた所に来たくなります」
 「うん、確かに。賑やかなのも嫌いじゃないけど、落ち着くかと言えば違うしね」
 「はい」
 そんな話をしながら径を抜けて行くと、徐々に視界が開けて湖が姿を現した。
 ブローニュの森で一番大きいアンフェリウール湖だ。
 二人は近くに木陰を探すと、そこに座ることにした。
 「ああ、メルくんちょっと待って」
 そう言うと大神はハンカチを取り出し、芝生の上に広げて敷いた。
 「はい、これで大丈夫」
 「ありがとうございます」
 「うん」
 大神は芝生の上に直に座ると、湖の方を見つめた。
 湖畔では子ども達が楽しそうに遊んでいる。そばにいるのは子ども達の両親なのだろう。そんな子ども達を優しい目で見つめている。
 恋人たちは湖にボートを浮かべ、愛を語っているのか。あるいは湖の中央に浮かぶ中の島のカフェでデート気分に浸っているのか。
 緑鮮やかに広がる枝葉の隙間から覗く青い空。
 穏やかな風が湖面を撫でるように吹き抜けて、木々の葉を揺らす。
 一言で言うなれば、それは─。
 「…平和だね」
 湖に視線を向けたまま大神が言った。
 彼らにとって平和とは守られるもの、守ってもらうものではない。
 自分たちの命を賭してまでも守らねばならない、守るべきものなのだ。
 だからこそ、大神のその言葉には静かながらも熱を感じた。
 そして、湖を見据えるその目は優しさに満ちている。
 その大神の横顔に見とれたままメルが頷く。
 「はい」
 「あの笑顔を守っていかないとね」
 そうメルに笑いかける大神。
 そんな大神を見て、この人のすぐ隣りで戦えるということがどれほど心強く、どれだけその心を強く感じることが出来るだろうとメルは思う。
 それは同じ目線で共に戦線に在る者にしか得られない絆なのかもしれない。
 「…エリカさんたちが少し羨ましいです」
 呟くようにメルが言った。
 「え?」
 「大神さんのおそばで一緒に戦うことが出来ますから」
 「メルくん…。俺はメルくんのサポートがあるから安心して戦うことが出来るんだよ」
 「ありがとうございます。でも、そういう事じゃないんです」
 苦笑しながらメルが言う。
 「?」
 そんなメルを不思議そうな顔で見つめる大神。
 「私にもっと霊力があったら、もっと大神さんのおそばに居られるのにって…。い、いえ、何でもありません…」
 「メルくん…、それって…、」
 言葉を続けようとした大神をメルが慌てて遮る。
 「ご、ごめんなさい。今の…忘れて下さい…」
 顔を赤くしながら、メルが言った。
 「努力はしてみるつもりだけど、ごめん。忘れられないかもしれない」
 つい緩んでしまった口元を手で隠しながら大神が言った。
 『もっとそばにいたい』
 普段は控えめなメルのその言葉と態度に、どうにも込み上げて来る嬉しさを隠せそうにないからだ。
 「大神さんっ」
 「だから、ごめんって」
 「先に謝るなんて狡いですよ!」
 「だって、嬉しかったんだからしょうがないじゃないか!」
 「私は恥ずかしいです。…あんな子どもじみたことを言ってしまって」
 自分の先ほどまでの言動を後悔してるのか俯きながらメルが言った。
 「そっかな。そんなメルくんも可愛いと思ったけど」
 そんなメルに、いけしゃあしゃあとそう言い放つ大神。
 「大神さん!」
 その大神の言葉にますます顔を赤くするメル。
 「ごめん、ごめん!」
 込み上げてくる笑いを抑えられずに、笑いながら大神が言う。
 「本当にそう思ってます?」
 ジッーと疑いの眼差しで大神を見るメル。
 「思ってる!思ってます!」
 このままではヤバいと慌てる大神。
 「そうですね…。じゃあ、あれで許してあげます」

 「お詫びってこれでいいのかい?」
 ボートを湖の中央に向かって漕ぎながら大神が言った。
 「はい。一度、大神さんと乗ってみたかったんです」
 控えめながらも嬉しそうな表情でメルが言った。
 メルが大神の非礼の代償として要求したのは、アンフェリウール湖の貸しボートだった。
 「それにしても、本当にいい天気だ」
 改めて、空を見上げる大神。
 午後の盛りを過ぎて傾きかけているオレンジ色の陽の光が湖面に反射する。
 水面に映る新緑の木々も美しい。
 「大神さん、今日はありがとうございました」
 湖の中央に来た所でメルが唐突に言った。
 「何だい?改まって」
 「いえ、その、シーが大神さんにご無理を言ったんじゃないですか?」
 不安そうな顔でメルが言う。
 どうもかの親友は自分のこと以上にその幸せを喜んでくれている所為か、控えめな親友に代わって大神に何やかんやと言うことが多いのだ。
 メルもシーが自分の為にそうしてくれているのは充分なほど解っているので、注意はしても強くは怒れなかった。
 「どうしてそう思うんだい?」
 「その、大神さん、最近お忙しかったから疲れていらっしゃって本当はゆっくりお休みしたい筈なのに、私を誘って下さって…。だから、シーがまた大神さんにご迷惑をお掛けしたんじゃないかと…」
 「忙しかったのは事実だけど、疲れなんか吹き飛んでしまったよ。こうして、メルくんと休日を過ごせてるからね」
 「そう…ですか」
 「うん。こんな良い休日はないよ」
 屈託のない笑顔で大神が言った。
 「私もそう思います」
 メルも笑顔で返す。
 二人の間に優しい時間が流れる。
 それは、同じように湖にボートを浮かべている恋人たちと何ら変わりはない。
 ゆったりとした時間。
 他愛もないお喋り。
 そして、隣りには大切なひと。
 ─それが、何よりの素晴らしい休日。

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