太正十六年一月。
米国ダグラス・スチュワート社によるテロ事件も帝国華撃団の活躍によって納まるところに納まった。
『花組、巨大ヤフキエルを撃破。敵勢力完全衰退。』
マリア・タチバナはこの報を月組詰所で聞いた。
先のDS社ヤフキエル工場偵察の際に負った傷が思っていたよりも深く、参戦出来る状態ではなかったからだ。
何より敵に自分は死んだと思わせておく方が得策だと思われたのでマリアがここにいることを知っているのは月組隊員たちと隊長である加山だけであった。
米田司令も不在であり、本来なら副司令であるかえでにも報告しなければならないところなのだろうが、銀座本部でさえも陸軍、いやその背後にあったDS社の管轄下に置かれてしまっていたのであえて加山が報告をしなかったのである。
皆なら必ずどうにかしてくれることだろうと信じていた。
本来なら自分も花組隊長としてその場にいなければならなかったというのに、偵察に失敗した上に深手を負ってしまうなんて情けない。
これでは、自分を信じて花組を任せてくれている大神に申し訳がない。
全くもって不甲斐ないと思う。
『ジリリリリ・・・プシュー・・・ジリリリリ・・・』
部屋に備え付けてある蒸気電話が鳴って、マリアは受話器を取った。
「・・・はい」
「・・・やあ、マリアさん。電話越しに聞く君の声もいいなァ。・・・なんて、大神に怒られそうだけど」
そのテンションの高さは紛れもなく大神の親友でもある月組隊長・加山雄一だ。
「加山隊長・・・」
「傷の方はどうですか?」
「はい。もう大丈夫です」
まだ少し痛みはするが歩くことには難がない程度には回復した。
軽い運動なら出来るのではないかとも思う。
さすが、帝撃の誇る医療スタッフと最新の設備だ。
「そうですか。良かった。・・・では部下から耳にしたとも思いますが、今回の件の報告をしたいので今から隊長室までご足労願えるかな?」
「了解しました。直ぐにお伺い致します」
「では、後ほど」
「はい。では・・・」
マリアはそう言って受話器を置いた。
マリアにとって加山のこの申し出は有り難かった。
結果は判っていても情報を整理するには今イチ材料が足りなかったからだ。
工場潜入の際に大方のことは目星がついたが、それ以降の情報に関しては曖昧な部分が多かった。
決戦の場には加わることが出来なかったが、全体の情報を把握する必要があった。
何よりマリアには気がかりなことが一つあった。
隊長室の前に立ち止まり、ドアをノックして声を掛けると直ぐさま返答がありマリアは部屋に足を踏み入れた。
「わざわざ呼びつけてすみませんね、マリアさん」
デスク越しに加山が言った。
「いえ。呼んで頂かなければこちらからお伺いするつもりでした」
「では、早速報告に入らさせて貰いましょう。我々、月組は銀座・DS社ビルの占拠に成功。ビル内社長室に拘束されていた花小路伯、米田司令を救出。花組も帝都防護陣によって降魔を封じることに成功しました。その後、暴走したDS社社長ブレント・ファーロングによる市中の破壊活動を花組が阻止。ファーロング暴走によって組織された巨大ヤフキエル・・・───巨大降魔と言った方が正しいのか。これの活動を完全に停止させることに成功。巨大降魔は消滅しました。尚、花組の被害状況はアイゼンクライト三機破損。光武(改)もそれぞれ損傷が激しいものの直ぐに修理出来るかと思われます。織姫さんとレニさんが傷を負いましたが、二人とも命に別状はありません。皆、無事です。・・・以上」
息を詰めるように加山の報告を聞いていたマリアであったが、皆が無事であると解って思わず安堵の息が漏れた。
「そうですか・・・。ありがとうございます。・・・加山隊長、一つお伺いして宜しいでしょうか?」
「勿論。・・・君に傷を負わせた男の事だろう?」
マリアの心中を見透かすように加山が先手を打つ。
「はい・・・。」
「我々がDS社を占拠した時には既に姿が無かった。が、ヤフキエルと共に市中にいたと言う者もいる。恐らくまだ市中にいることは間違いないでしょう。そんなに遠くには行っていない筈。現在、我々月組で捜索中です」
「お気を付け下さい。あの男に銃弾は効きません」
「ああ。その上、相当な魔術の使い手らしいじゃないか。厄介な相手だ」
「・・・はい。その男の件でお願いがあるのですが・・・」
「決着をつけたいんだろう?」
「はい。それが私のやるべき事だと思っています」
あの男・・・パトリック・ハミルトンを取り逃がしてしまったら、いつ第二、第三のブレント・ファーロングが現れたとしてもおかしくはないのだ。
「しかし、奴に銃弾は効かない。どうやって戦うつもりなんだ?」
「それは・・・」
加山に痛いところを突かれ、マリアは俯いた。
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
沈黙を加山が破る。
一つ息をつくと加山はスーツの裏ポケットから何かを取り出した。
何事かとマリアが顔を上げる。
「ははっ、こんなこともあろうかと!・・・って、これは紅蘭さんの専売特許でしたね。これを君に」
そう言って、蓋に帝撃の印が入った木箱に収まったそれをマリアに見せた。
「・・・これは?」
「霊力を封じ込めた弾丸です。実は君がヤフキエル工場に偵察に行って直ぐに紅蘭さんに渡されたんですが、何分渡しそびれてしまってね。恐らく、この弾丸なら奴にも効く筈です」
「・・・ありがたくお受け取り致します」
「それから米田司令からの伝言だ。『お前がいねえとまとまるものもまとまらねえ。歩ける様だったら帝撃に帰って来ーい!!』だそうだ。帝劇も君がいないと大変みたいだな」
これも米田流の心配の仕方なのだろう。
厳しい表情をしていたマリアからフッと笑みが零れる。
「そんな訳で早速迎えが来てるよ。頼れる護衛がね。実は先ほどからずっと君を待ってるんだ」
「すみません・・・。では失礼致します。加山隊長、いろいろ有り難うございました」
「何、お互い様です。その内、大神から取り立ててやりますよ。」
彼独特のニッとした笑い方をして加山が言った。
マリアはそれに微笑して、最後に一礼してから部屋を出て行った。
マリアの足音が遠のいたのを確認すると、加山は傍らに置いてある愛用の白いギターを『ジャーン』と一つ掻き鳴らした。
「愛とは素晴らしいなァ、大神ぃ。…俺はここに独りだけど。俺も副司令に会いに行くかなぁ。かえでさ~ん。・・・トウッ」
加山はそう言うと手慣れた様子でギターを背負い、足早に隊長室を出た。
マリアは加山から受け取った弾丸の箱を手にしっかりと持ちながら、迎えが待つという裏口へと向かった。
この弾丸ならばあの男にも対抗出来る。
だが、チャンスは一度しかないに等しい。
絶対に外せない。
外してならない。
箱を持つ手にも力が入る。
裏口のドアを開けて、外に一歩出るとその先には逆光で顔は見えないが見慣れたシルエットが目に飛び込んでくる。
「・・・マリア」
一瞬、幻覚ではないかと自分の目を耳を疑ったがそこから発せられる声は間違える筈のないその人の声で。
「・・・・・・隊・・・長・・・?」
その人物は近づいてきてマリアの目の前に立った。
その顔は少し怒っているようにも見える。
「マリア、君はまた・・・。こんな無茶をして」
怒られても当然だ。
あれだけ皆に単独行動を慎むように言って来た自分が単独行動をしてしまった上に偵察に失敗するという失態を晒してしまったのだから。
「すみません・・・」
マリアは大神と目を合わせるのが辛いのか俯いたまま言った。
「俺の留守中にこんな・・・」
「・・・・・・はい。如何様な処分も受けるつもりです」
「君は何も解っていない」
「・・・・・・・・・・・・」
「俺がそばに居る時だったら何があったって君の背中を守ってみせる。でも・・・、これじゃ俺は何も出来ないだろ?!」
大神にしては珍しく声を荒げた。
そう言ってから大神は俯いたままのマリアをじっと見つめた。
手に首に額に巻かれている包帯の存在が何とも痛々しくマリアの受けたダメージが大きいことを主張している。
そして、大神はマリアの頬にそっと自分の手を当てた。
「・・・怒鳴ったりしてすまない。マリアの力になれなかったのが悔しくてね」
「・・・隊長」
「ここまで戦ってきて危なくないことなどないって解ってるのに俺は今更何を言ってるんだろうな。マリアのその怪我を見たら、どうにも動揺してしまった。本当にすまない」
半ば自嘲気味に笑いながら大神が言った。
「隊長が・・・皆を助けて下さったんですね」
「間に合ってよかったよ」
「・・・ありがとうございました」
「仲間として当然のことをしたまでだ。それよりも帝劇に帰って君の事を聞いた瞬間、一瞬目の前が真っ白になった。それで、取り急ぎ加山に連絡をとったんだ。・・・マリア、君を失ってしまうことなんて考えたくもないんだ。軍人が聞いて呆れる話だけど、俺はマリアがいなくなった事を想像するだけで怖いよ」
マリアをそっと抱きしめて大神が続ける。
「・・・帰って来て早々、こんな情けない奴ですまん。マリアのことになると俺はどうも駄目みたいだ」
冷静な自分などはどこかに吹き飛んでしまう。
「・・・すみませんでした」
「何がだい?」
抱きしめていた腕を解いて大神がマリアを見る。
「隊長に・・・ご心配をおかけしてしまいました」
「・・・本当だ」
「はい・・・」
「どうせ心配をかけるんだったらもっと別のことにしてくれ」
「え?」
「マリアの機嫌が悪いみたいだけど俺嫌われるようなことしたかな、とかさ」
「ふふっ、私が隊長を嫌うんですか?」
大神の言葉に思わずマリアの笑みが零れる。
「そういう方がいいよ。まあどちらにしても心臓には悪いんだけどね」
そう言って悪戯っぽく笑った大神を見て、改めて1年くらい前までの日常の懐かしさを思い出す。
確かに自分の目の前にいる大きな存在。
もう遠いところではない、手を伸ばせばすぐそこにいる人。
またあの心地好い日常が始まるのだ。
「それは隊長次第ですね」
「ははっ、手厳しいなあ」
「ところで、隊長。ひとつ隊長に言いたいことがあるのですが・・・」
「ん?なんだい?俺もマリアに言いたいことがあるんだけど」
多分、お互いが何を言おうとしているのかは解っている。
一瞬の沈黙の後、大神が口を開く。
「・・・ただいま、マリア」
改めてマリアの目を見つめて大神が言う。
「おかえりなさい、大神さん・・・」
そして、ごく自然に口吻を交わす。
「・・・・・・帝劇に帰ろうか。皆がマリアのことを心配してる」
「そうですね・・・。あまり隊長を独占してると皆に怒られてしまいそうですから」
「ははは。・・・それに君にはやることが残っているんだろう?」
「はい・・・」
「大丈夫。マリアなら必ずやり遂げると信じているよ」
この大神の言葉だけでどれだけ力が発揮出来る事か。
何よりも力強い。
「はい。・・・必ず」
マリアは力強く頷いた。
「・・・でも帰る前にもう少しだけ宜しいですか?」
マリアはそう言うと大神の肩にコツンと額をつけた。
「ああ・・・」
大神は頷くとそっとマリアの髪を撫でる。
久しぶりの恋人たちの時間。
・・・そして、懐かしいけれど新しい日常が始まる。