帝都・東京。
銀座。
大帝国劇場。
地下。
格納庫。
ガチャガチャと金属音が響いている。
「よっしゃ!あとはさくらはんの光武だけやな」
整備用のグリーンの作業服に身を包んだ紅蘭が調整を終えた光武の下から顔を出した。
紅蘭の日課とも言える光武の調整、点検作業である。
いつも適当なところで休んでおけと言われるが、こうして機械に触れている方が落ち着くし余程リラックスするのだ。何より、部屋で一人休むよりも余計なことを考えなくても済む。
整備に集中している間だけでも無心になれるのだ。
最近、出動回数が増えた所為か調整を要する箇所が多い。
特に、最前線に切り込んでいく大神機やカンナ機のダメージというのは大きい。
・・・そして、大神機と同じく剣を扱うさくら機も同様で。
「うちは後ろから見ていることしか出来へんのやろか・・・」
立ち上がって、さくら機に付いた傷を撫でながら思わずそう呟く。
自分は後方支援型だから、前線には不向きだ。
いくら心配だからといって並んで戦ったらそれこそ皆に迷惑をかけてしまう。
目の前で愛する人が苦しんでいるのをただ呆然と見ているしか出来ないのだろうか。
もう二度と愛する人を失いたくないから、自分はここにいるというのに。
また自分は無力なのだろうか。
「あかん・・・」
昔のことを思い出した所為かつい涙が溢れてしまい、慌てて涙を拭う。
「・・・・・・紅蘭?」
不意に聞き慣れた声がして、顔を上げると手にお盆を持ったさくらが立っていた。
「さくらはん?どないしたん?」
泣いていたのを悟られないように笑顔で言う。
「え、ええ。さっき紅蘭のお部屋を訪ねたら留守だったから、多分ここにいるんじゃないかと思って。お茶とおむすびを持ってきたの。休憩にしない?」
紅蘭の笑顔に安心したのか、いつもと同じようにさくらは言った。
「ほんま?おおきに。丁度、お腹空いたなぁ思うとったんや」
「ホント?良かった。はい。待ってて、今お茶も煎れるわね」
さくらに手渡されたおむすびを口にすると、何だかとても美味しくてそれはどんな高級料理よりも美味しい気がした。
「うん。美味しい。さくらはんは料理の天才やね」
「もう、何言ってるの。おむすびくらいで」
「ほんま、ほんま。何よりさくらはんの愛を感じるで」
「そうよ。愛情いっぱいなんだから・・・って、何言わせるのよ。紅蘭っ」
少し頬を朱く染めながらさくらが言う。
「あはは。ちなみにうちはさくらはんにラブラブやけどねー」
「紅蘭っ」
紅蘭の言葉に赤面しながら、さくらはお茶を紅蘭の前に置いて自分も紅蘭の隣に座った。
「・・・紅蘭」
「何?」
「いつも・・・ごめんね。」
少し俯き加減でさくらが言う。
一体、何を謝っているのだろうと紅蘭はさくらの方を向く。
「どないしたん?急に。」
「あたし、いっつも光武を傷だらけにしちゃって・・・」
「戦ってるんやから傷のひとつでも付くて。それにこのコたちの面倒見るのうち好きやねん。気にせんといてや」
「ええ、ありがとう。でもね、出撃から帰って傷だらけの光武を見てね。ああ、また紅蘭の大切なものを傷付けちゃったなって思うの」
「さくらはん・・・。」
表情を曇らせてそう言ったさくらは何だか今にも泣き出してしまいそうに見える。
「・・・紅蘭が整備しながら、哀しそうな表情(かお)で光武の傷を見ていることに気付いちゃって。それで、あたし、何で自分はこんなに弱いんだろうって。あたしがもっと強かったらあんなに傷だらけにはならないんじゃないかって。紅蘭の大事なものを守れる力もないんだって・・・。」
無力なのはむしろ自分の方なのに、こんな顔をさせたくなかったのに。
膝の上でぎゅっと握りしめられたさくらの手に、そっと自分の手を重ねて紅蘭はさくらの肩にこつんと額をつけた。
「さくらはん、堪忍な・・・」
「・・・紅蘭・・・。」
「こないな顔させてしもうて堪忍な。こないなこと考えさせてしもうて堪忍な」
「何言ってるの謝るのはあたし・・・っ・・・」
『謝るのは自分だ』そう言いかけたさくらの口を紅蘭の唇が塞ぐ。
格納庫内に訪れる静寂。
「・・・違うねん」
唇を離し、紅蘭が悲痛な表情で言う。
「無力なのはうちの方や・・・。さくらはんがこないになるまで戦うとるのに、うちは後ろからそれを見ているしかない。目の前でさくらはんが傷付いていくのを見ていることしか出来へん」
「それは違うわ、紅蘭。あなたが後ろでしっかりと援護してくれるから、あたしは安心して戦えるの」
「・・・それでも、力が足りんのや。うちの大事な光武(このコ)に傷が付くのは哀しい。でも、うちの大切なさくらはんが傷付いていくのはもっと嫌なんや・・・」
そう言って紅蘭はさくらを抱きしめた。
「・・・紅蘭」
自分たちは戦う為にここに集った。
それなのに。
失っていい筈がない。
手離す覚悟なんて持っていない。
むしろ。
「・・・ありがとう。紅蘭」
決して離したくない存在を見つけてしまった。
「・・・ねえ、紅蘭聞いて?今のあたしはまだまだ弱くて・・・あなたに心配ばかり掛けてしまっているけど。でも、決して負けないから。・・・だから、あたしを信じて欲しいの」
抱きしめていた腕を解いて見たさくらの表情は、先ほどの泣きそうな表情とは一転して、荒鷹を手にしたときのように凛としてその瞳からは決意が感じられるように見える。
そんなさくらの表情を見て安心したのか紅蘭は嬉しそうに笑って再びさくらを抱きしめた。
「・・・せやな。心配ばっかしててもしゃあないもんな。うん!うちはさくらはんを信じて戦ってればええんやな。よっしゃ、これからも援護射撃はまかしてや!」
「ええ!」
「さくらはん、大好きやで。」
そう言ってさくらの頬に口づけると、さくらは照れくさそうに俯いて小声で言った。
「ありがとう、あたしもよ。」
そして、再び見つめ合い口づける。
ある恋人たちのある日の一コマ。
自分の為に戦うことは怖いけど、
自分の為に戦っている人がいるのは現実で、
ならば自分は自分の出来ることをしよう。
かの想い人の為ならば、
どんな事でも乗り越えてみせよう。
自分の想いに果てはない。
あなたの想いにも果てがないと信じているから。
・・・だから、私たちは決して負けない。