五周年記念公演「海神別荘」(2) (初日(8/10)、8/14昼夜、千秋楽(8/18))


さて、いよいよ第二幕の始まりです。
歌謡ショウ初の原作つき劇中劇「海神別荘」です。
本報告書では泉鏡花の原文に広井さんの脚色加筆された部分を思い出しながら書くという作業を行っている為、かなり曖昧な部分も見受けられるかと思いますが、そこはそれストーリーの流れとして参考として取ってくださると嬉しいです。

☆休憩明け 幕間☆
銀橋に座席が左右3席ずつ用意されています。
大帝国劇場の客席のようです。
一馬さんが静かに登場。客席から見て右手の右端の席に座ります。
そこに花束を抱えたダンディーと金田先生が。(千秋楽では金田先生何故か現れず。)
中央にダンディーが左端に金田先生が座ります。
ダンディー、さくらにと持ってきた花束を誰もいないならいいと一馬の座っている座席へ置きます。
向かって左手の席には西村・武田の姿が。
ボスを見つけて挨拶します。
そこに大神に案内された白狐が。(勿論、ひとに化けています。)
”帝劇に来るのは初めてだ”と楽しみにしています。
(清水さんはこのとき段ボールで作ったと思われるキツネ、その名も”ダンポール”をジャンポールさながらに背負ってらっしゃいました(笑))
そして、開演ブザーが。
マリアによる開演アナウンスが流れます。

☆二幕 劇中劇「海神別荘」サクラ大戦ver.☆
東中軒雲国斎登場。
浪曲にのせて語ります。
「時は太正、世は蒸気の時代。ここは人の知らない海の底。海の世継ぎの別荘として、金銀珊瑚を散りばめたその名も貴き青玉殿。
そして今日は若様が待ちに待ったる恋人が海に沈んで、そのお手元へやって来る日でございます。
これは人と魔物の物語。さて、本日の最終幕!するりするりとはじまりまする」
そして、舞台の幕が上がります。
豪華な宮殿。
色とりどりの着物に身を包んだ見るも艶やかな腰元衆。
曲「♪海の宴 花の宴」
曲中で銅鑼を思いっきり鳴らしてしまったアイリスがかえでさんと織姫さんに怒られるシーンが可愛かったです。

そして、階段より降りてくる沖の僧都(親方)。
僧都「お腰元衆、お腰元衆。」

出迎える侍女一・二・三(かえで・織姫・アイリス)
侍女一「これは僧都さま」

僧都「何やら賑やかなご様子。」

侍女二「若様、かねてのお望みが叶いまして、今夜お輿入のございます。」

僧都「陸の女子はいかほどかな。」

侍女三「僧都さまであれば度々海の上へお出でなさいますもの、よく御存じでおあんなさいましょうのに。」

僧都「いや、荒海を切って影を顕すのは暴風雨(あらし)の折から。如法たいてい暗夜(やみ)じゃに因って、見えるのは墓の船に、死骸の蠢く裸体(はだか)ばかり。色ある女性(にょしょう)の衣(きぬ)などは睫毛にも掛かりませぬ。さりとも小僧のみぎりはの、蒼い炎の息を吹いても、素奴(しゃつ)色の白いはないか、袖の紅いはないか。と胴の間、狭間、帆柱の根、錨綱の下までも、あなぐり探いたものなれども、孫子は措け、僧都においては、久しく心にも掛けませいで、一向に不案内じゃ。」

侍女一「(笑いながら)またそのようにご謙遜なさって。」

僧都「嘘ではござらん。」

侍女二・三「(笑いながら)嘘、嘘。」

すっかり、腰元衆にからかわれる僧都。
話を逸らすかのように話を本題に戻す僧都。
僧都「それよりも、忘れぬ前(さき)に申し上げたい議で罷(まかり)出た。さ、さ、若様へお取り次ぎを。」

侍女一「畏まりました。」

侍女二「唯今。」

侍女三「直ぐに。」
それを解ってか腰元衆、笑いながら宮殿奥へと。
見届けたあと、その場に座り公子を待つ僧都。
待っているうちにうとうとしている。
宮殿正面奥より海の上から降りてくるように宙より降りてくる公子(マリア)。
腰元衆を従えて、謁見の間へと現れる。

公子「爺い(じい)、見えたか。」
だが、公子の声も届かぬ様子で居眠りをしている僧都。
公子の目配せで侍女が起こす。
公子の姿を見て、慌てる僧都。

僧都「は。これはこれは御休息の処を恐れ入りましてござります。」

公子「(親しげに)爺い、用か。」

僧都「紺青、群青、百群(びゃくぐん)、朱、碧(へき)のお蔵の中より、この度の議に就きまして、先方へお遣わしになりました、品々の類と、数々を、念のために申し上げとうござりまして。」

公子「(立ったまま)おお、あの女の父親に遣った、陸で結納とか云うものの事か。」

僧都「はぁ、いや、御聡明なる若様。若様にはお覚え違いでございます。彼等夥間(なかま)に結納と申すは、親と親が縁を結び、媒酌人(なこうど)の手をもち、婚約の祝儀、目録を贈りますでござります。しかるにこの度は、先方の父親が、若様の御支配遊ばす、海の財宝に望を掛け、もうしこの念願の届くにおいては、眉目容色(みめきりょう)、世に類なき一人の娘を、海底に捧げ奉る段、しかと誓いました。すなわち、彼が望みの宝をお遣わしになりましたに因って、是非に及ばず、誓言の通り、娘を波に沈めましたのでござります。されば、お送り遊ばされた数の宝は、彼等が結納と申そうより、俗に女の身代と云うものにござりますので。」

公子「(軽く頷く)可、何にしろすこしばかりの事を、別に知らせるには及ばんのに。」

僧都「いやいや、鱗一枚、貝殻一草とは申せ、僧都が承りました上は、活達なる若様、かような事はお気煩(きむず)かしゅうおいでなさりましょうけれども、老いのしょうがに、お耳に入れなければなりませぬ。お腰元衆もお執成(とりなし)。平にお聞取りを願いまする。」

侍女一「若様、お椅子へ。」
侍女の言葉で公子は中央にある椅子に腰掛ける。
公子が座ったことを確認して、僧都は贈答品の内容を報告し始める。

僧都「真鯛大小八千枚。鰤(ぶり)、鮪、ともに二万疋(びき)。鰹、真那鰹、各一万本。大比目魚(おおひらめ)五千枚。鱚、ホウボウ、鯒(こち)、アイナメ、目張魚(めばる)、藻魚(もうお)、合わせて七百籠。若布(わかめ)のその幅六丈、、長さ十五尋のもの、百枚一巻九千連。鮟鱇五十袋。虎河豚一頭。大の蛸一番(ひとつがい)。」

公子「もうよい。」

僧都「いえ、僧都が若様よりお預かり申したものであれば。さて別にまた、月の灘の桃色の枝珊瑚一株、丈八尺。(手で大きさを表しながら)周囲三抱(まわりみかかえ)の分にござります。」

侍女一「もしもし、唯今のそれは、あの、残らず、そのお娘御の身の代とかにお遣わしの分なのでございますか?」

公子「別に何ほどの事ではあるまい。」

侍女二「海では何ほどの事でもございませんが、受け取ります陸の人には、鯛も比目魚も千と万、少ない数ではございますまいに、僅かな日の間に、ようお手廻し。お遣わしになりましてござります。」

僧都「さればその事。一国、一島、津や浦の果てから果てを一網にもせい、人間夥間が大海原から取り入れます獲ものというは、貝に溜まった雫ほどにいささかなものでござっての、お腰元衆など思うてもみられまい、鉤(はり)の尖(さき)に虫を附けて雑魚一筋を釣るという仙人技をしまするよ。」

侍女三「(おかしそうに笑いながら)鉤の尖に虫を附けて雑魚を一筋釣るなどとご冗談を。」
侍女二「ほほほほ、それ。(扇子を釣り竿に見立てて)」
侍女一「はい。(釣り糸を切るぱちんと切る仕草)」
腰元衆、戯れる。

僧都「冗談ではござりませぬ。」

公子「(笑いながら)笑うな。老人はまじめでいる。」

僧都「この度の娘の父は、さほどまでにもなけれども、小船一つで網を打つが、海月ほどにしょぼりと拡げて、泡にも足らぬ小魚をしゃくう。入れものが小さき故に、それが希望(のぞみ)を満たしますに、手間の入ること、何ともまだるい。鰯を育てて鯨にするより歯痒い段の行き止まり。(ここで公子に向かう)若様は御性急じゃ。早く彼が願いを満たいて、誓の美女を取れ、と御意ある。よって、黒潮、赤潮の御手兵をちとばかり動かしましたわ。赤潮の剣は、炎の稲妻、黒潮の黒い旗は、黒雲の峰を築(つ)いて、沖からどうと浴びせたほどに、一浦の津波となって、田畑も家も山へ流れついた。片隅の美女の家へ。門背戸かけて、畳天井、一斉(いちどき)に、屋根の上の丘の腹まで運込みました議でござったよ。」

侍女三「まぁ、お勇ましい。」

公子「(少し俯く)勇ましいではない。家畑を押し流して、浦のもの等は迷惑をしないか。」 

僧都「いや、いや、黒潮と赤潮が、密(そ)と爪弾きしましたばかり。人命を断つほどではございませなんだ。もっとも迷惑をせば、いたせ、娘の親が人間同士の間(なか)でさえ、自分ばかりは、思い懸けない海の幸を、黄金の山ほど掴みましたに因って、他の人々の難渋どときはいささかも気にも留めませぬに、海のお世子(よとり)であらせられます若様。人間界の迷惑など、お心に掛けませますには毛頭当たりませぬ議でございます。」

公子「(頷いて)そんな可(よし)──僧都。」

僧都「はは。(更めて手を支く)」

公子「あれの親は、こちらから遣わした、娘の身の代とかいうものに満足をしたであろうか。」

僧都「御意、満足いたしましたればこそ、当御殿、お求めに従い、美女を沈めました議にござります。もっとも、真鯛、鰹、真那鰹、その金銀の魚類のみでは、満足をしませなんだが、続いて、三抱え一対の枝珊瑚を、夜の渚に差置きますると、山の端出づる月の光に、真柴に輝きまするを夢のように抱きました時、あれの父親は白砂に領(ひれ)伏し、波の裾を吸いました。あわれ竜神、一命も捧げ奉ると、ご恩のほどを有難がりましたのでござります。」

公子「(笑いながら)親仁の命などは御免だな。そんな魂を引取ると、海月が殖えて、迷惑をするよ。」

侍女二「あんな事をおっしゃいます。」
一同笑う。

公子「けれども僧都、そんなことで満足した、人間の慾は浅いものだね。」

僧都「まだまだ、あれは深い方にござります。一人娘の身に代えて、海の宝を望みましたは、慾念の逞しい故でございまして。・・・たかだかは人間同士、夥間(なかま)うちで、白い柔らかな膩身(あぶらみ)を、炎の燃立つ絹に包んで蒸しながら売り渡すのが、峠の関所かと心得ます。」

公子「馬鹿だな。(椅子より立ち上がって)恋しい女よ。望めば生命でも遣ろうものを。・・・はは、はは。」

侍女二「お思われ遊ばした娘御は、天地かけて、波かけて、お仕合わせでおいで遊ばします。」
侍女三「お早くお着き遊ばせば可うございますのにね。」

公子、舞台中央に立って、一同も周りに集う
公子「(指を指しながら)あれだ、あれだ。あの一転の光がそれだ。」

ここで舞台の幕が一旦下ります。
舞台は転じて。
そして、客席から向かって左手。銀橋端より燈籠を手にした旅扮装の女房(すみれ)を先頭に一頭の竜馬(りゅうま)の背に乗せられた美女(さくら)が登場します。
それを護衛するかのように黒ずくめの旗や槍を持ったの騎士たちが。しんがりにはこの黒潮騎士団の隊長(レニ)が歩いています。

女房「貴女、お草臥(くたび)れでございましょう。一息、お休息(やすみ)なさいますか。」

美女「(夢見るようにその瞳をみひらく)ああ、(歎息して)もし、誰方(どなた)ですか。・・・私の身体は足を空に、倒(さかさま)に落ちて落ちて、波に沈んでいるのでしょうか。」

女房「いいえ、お美しいお髪一筋、風にも波にもお縺れはなさいません。何でお体が倒などと、そんな事がございましょう。」

美女「いつか、いつですか、昨夜(ゆうべ)か、今夜か、前の世ですか。私が一人、楫(かじ)も櫓もない、舟に、筵に乗せられて、波にながされました時、父親の約束で、海の中へ捕られて行く、私へ供養のためだと云って、舟の左右に、前後(あとさき)に、波のまにまに散って浮く・・・蓮華燈籠が流れました。」

女房「水に目のお慣れなさいません、貴女には道しるべ、また土産にもと存じまして、これが、(手に翳して)その燈籠でございます。」

美女「まあ、灯も消えずに・・・。」

女房「燃えた火の消えますのは、油の尽きる、風の吹く、陸ばかりの事でございます。一度この国へ受取りますと、ここには風が吹きません。ただ花の香の、ほんのり通うばかりでございます。御覧遊ばせ、貴女。お召ものが濡れましたか。お髪も乱れはしますまい。何で、お身体が倒でございましょう。」

美女「最後に一目、故郷の裏の近い峰に、月を見たと思いました。それぎり、底へ引くように船が沈んで、私は波に落ちたのです。ただ幻に、その燈籠のような蒼い影を見て、胸を離れて遠くへ行く、自分の身の魂か、導く鬼火かと思いましたが、ふと見ますと、前途(ゆくて)にも、あれあれ、遙の下と思う処に、月が一輪、おなじ光で見えますもの。」

女房「ああ、(美女の指した方向を見て)あの光は。いえ。月影ではございません。」

美女「でも、貴方、雲が見えます、雪のような、空が見えます、瑠璃色の。そして、真白な絹糸のような光が射します。」

女房「その雲は波、空は水、一輪の月と見えますのは、これから貴女がお出遊ばす、海の御殿でございます。あれへ、お迎え申すのです。」

美女「そして、参って、私の身体は、どうなるのでございましょうねえ。」

女房「ほほほ、何事も申しますまい。ただお嬉しい事なのです。おめでとう存じます。」

美女「あの、捨小舟に流されて、海の贄に取られて行く、あの、(見回して)これが、嬉しい事なのでしょうか。めでたい事なのでしょうかねえ。」

女房「(再び笑う)お国ではいかがでございましょうか。私たちが故郷では、もうこの上ない嬉しい、めでたい事なのでございますもの。」

美女「あすこまで、道程(みちのり)は?」

女房「お国でたとえは煩(むず)かしい。・・・おお、五十三次と承ります、東海道を十度ずつ、三百度、往還(ゆきかえ)りを繰返して、三千度いたしますほどでございましょう。」

美女「ええ、そんなに。」

女房「めした竜馬は風よりも早し、お道筋は黄金の欄干、白銀の波のお廊下、ただ花の香りの中を、やがてお着きなさいます。」

美女「潮風、磯の香、海松(みる)、海藻(かじめ)の、咽喉を刺す硫黄の臭気(におい)と思いのほか、ほんに、清(すず)しい、佳い薫、(柔らかに袖を動かす)・・・ですが、時々、悚然(ぞっと)する、腥(なまぐさ)い香のしますのは?・・・」

女房「人間の魂が、貴女を慕うのでございます。海月が寄るのでございます。」

美女「人の魂が、海月と云って?」

騎士「海に参ります醜い人間の魂は、皆、海月になって、ふわふわさまようて歩行(ある)きますのでございます。」

竜馬の周りに海月が集まって来ます。
それを「しっしっ。」と黒潮騎士団が追い払いながら移動します。
曲「♪夜の海月」

美女「まあ、情けない。(袖をもって面を覆う)」

女房「いえ、貴女は、あの御殿の若様の、夫人(おくさま)でいらっしゃいます、もはや人間ではありません。」

美女「ええ(袖を落とす)」

騎士「急ぎましょう。美しい方を見ると、黒鰐、赤鮫が襲います。」
竜馬が行ったのを見て、後ろを警戒するように黒潮騎士も後に続きます。
舞台は転じて、再び青玉殿へ。
公子が誰かを待ちわびている様子でうろうろしています。
そこに公子が呼んだ人物──博士(紅蘭)が登場。

公子「博士、お呼立をしました。」

博士(敬礼す。)

公子「あれを御覧なさい。(美女一行の在る方向を示す) 千仞(せんじん)の崕(がけ)を累(かさ)ねた、漆のような波の間を、幽(かすか)に蒼い灯に照らされて、白馬の背に手綱したは、この度迎え取るおもいものなんです。陸に獅子(しし)、虎の狙うと同一(おなじ)に、黒鰐、赤鮫の一類が、美女と見れば、途中に襲撃(おそいう)って、黒髪を吸い、、美しい血を呑もうとするから、守備のために、旅行さきで、手にあり合わせただけ、少数の黒潮騎士を附添わせた。渠等(かれら)は白刃を揃えている。」

博士「至極のお計いに心得まするが。」

公子「ところが、敵に備うるここの守備を出払わしたから不用心じゃ、危険であろう、と僧都が言われる。・・・それは恐れん、私が居れば仔細ない。けれども、また、僧都の・・・」
公子が僧都を見ると、僧都またもや椅子に座ったまま居眠りをしています。
そこで公子は僧都の頭をパチンと叩いて僧都を起こします。
これがまた妙にいい音だったりで(笑)

公子「(気を取り直して)僧都の言われるには、白衣(びゃくえ)に緋の襲(かさね)した女子を馬に乗せて、黒髪を槍尖(やりさき)で縫ったのは、かの国で引廻しとか称えた罪人の姿に似ている、私の手許(てもと)に迎入るるものを、不詳じゃ、忌わしいと言うのです。事実不詳なれば、途中の保護は他にいくらも手段があります。それは構わないが、私はいささかも不詳とは思わん、忌わしいと思わない。これを見ないか。私の領分に入った女の顔は、白い玉が月の光に包まれたと同一(おなじ)に、いよいよ清い。眉は美しく、瞳は澄み、唇の紅は冴えて、いささかも窶(やつ)れなし。憂えておらん。清らかな衣(きもの)を着、新に梳(くしけず)って、花に露の点滴(したた)る装(よそおい)して、馬に騎した姿は、かの国の花野の丈を、錦の山の懐に抽(ぬ)く・・・歩行(あるく)より、車より、駕籠に乗ったより、一層鮮麗(あざやか)なものだと思う。その上、選抜した慓悍な黒潮騎士の精鋭等(ども)に、長槍をもって、四辺(あたり)を払わせて通るのです。得意思うべしではないのですか。」

博士「(椅子より立ち上がって)御意。」

公子「引廻しと聞けば、恥を見せるのでしょう、苦痛を与えるのであろう。槍で囲み、旗を立て、淡く清く装った得意の人を馬に乗せて市を練って、やがて刑場に送って殺した処で、─殺されるものは平凡に疾病(やまい)で死するより愉快でしょう。─それが何の刑罰になるのですか。陸と海と、国が違い、人情が違っても、まさか、そんな刑罰はあるまいと想う。しかし、僧都は、うろ覚えながら確に記憶に残ると言われる。・・・そこで貴下(あなた)をお呼立した次第です。ちょっとお験(しら)べを願いましょうか。」

博士「仰聞(おおせき)けの記憶は私にもあります。しかし、念のため験べます。ええ。陸上一切の刑法の記録でありましょうか、それとも。 」

公子「面倒です、あとはどうでも可い。ただ女子を馬に乗せ、槍を立てて引廻したという、そんな事があったかという、それだけです。」

博士「では、辞書をこれに!」
この辞書がまあ一抱えもありそうな大きな辞書だったりします。
曲「♪この書物は」

公子「どれ、これは・・・ただ白紙だね。」

博士「は、恐れながら、それぞれの予備の知識がありませんでは、自然のその色彩ある活字は、ペエジの上には写り兼ねるのでございます。」

公子「恥じ入るね。」

博士「いえいえご聡明なる若様。若様は御武勇でいらせられます。」

公子「まあ、今の引廻しの事を見て下さい。」

博士「(朗読す)・・・世の哀(あわれ)とぞなりにける。今日は神田のくずれ橋に恥をさらし、または四谷、芝、浅草、日本橋に人こぞりて、見るに惜(おし)まぬななし。これを思うに、かりにも人は悪(あし)き事をせまじきものなり。天これを許したまわぬなり。・・・中略をいたします」

公子(眉を顰(ひそ)む。─侍女等斉(ひと)しく不審の面色(おももち)す。)

博士「・・・この女思込みし事なれば、身の窶(やつ)るる事なくて、毎日ありし昔のごとく、黒髪を結わせて美(うる)わしき風情。 」

公子(色解く。侍女等、眉をひらく。)

博士「またまた中略をいたします。・・・聞く人─しおいたわしく、その姿を見おくりけるに、限(かぎり)ある命のうち、入相(いりあい)の鐘つくころ、品かわりたる道芝の辺(ほとり)にて、その身は憂き煙となりぬ。人皆いずれの道にも煙はのがれず、殊に不便はこれにぞありける。─これで鈴ヶ森で火刑(ひあぶり)に処せらまするまでを、確か江戸中棄札(すてふだ)に槍を立てて引廻した筈と心得ます。」

公子「分りました。それはお七と云う娘でしょう。私は大すきな女なんです。御覧なさい。どこに当人が歎き悲みなぞしたのですか。人に惜まれ可哀(あわれ)がられて、女それ自身は大満足で、自若(じじゃく)として火に焼かれた。得意想うべしではないのですか。なぜそれば刑罰なんだね。もし刑罰とすれば、恵の杖(しもと)、情の鞭だ。実際その罪を罰しようとするには、そのまま無事に置いて、平凡に愚図愚図(ぐずぐず)に生存(いきなが)らえさせて、皺だらけの婆(ばば)にして、その娘を終らせるが可いと、私は思う。」
公子のこの言葉に恐ろしいと言わんばかりに袖で顔を覆う腰元衆。

博士「しかし 、しかし若様、私は慎重にお答えをいたしまする。身はこの職にありながら、事実、人間界の心も情も、まだいささかも分からぬのでありまして。若様、唯今の仰せは、それは、すべて海の中での場合にございます。」

公子「あなたにお分かりになりませんでしたら、誰にも分からないのです。」

僧都「若様、唯今の件、合点参りましてござります。」

公子「可し。」

そこに突如鳴り響く「パン!パン!パン!」という爆発音。
突然の敵の来襲。
腰元衆、公子に縋るように舞台中央に集う。
公子「おのれ、外道!」
ここで舞台の幕は再び下ります。
会場暗転。
暗闇とともに響き渡る声。
「この上品な雰囲気をぶち壊ーす!」
赤鮫に扮したカンナが銀橋に登場。
頭に赤鮫のかぶりもので赤いラメのタキシードです。
「野郎ドモ!」
「げーひっ、げーひっ、げーひっ・・・。」
やる気ナッシングの手下数名が登場。
薔薇組のお二方もいます。
これまた赤い全身タイツに胸にはカタカナで”サメ”と(爆)
そんな手下の態度に、
「もっと気合い入れて言ってくれなきゃイヤ!」
ちょっとすね気味の赤鮫。
「おおっ!」
「よし!ミュージックスタート!」
曲「♪赤鮫のテーマ」
(マリアの「♪怪人でべそのテーマ」の元歌です。)
まずは始めに「いらっしゃーい(当然、桂三枝調(笑))続いてコマネチ。
歌詞は曖昧ですが「♪おいらは海の王者 赤鮫くん ひとはおいらを外道と呼ぶが」
多分こんな感じでした(汗)
曲終わって決め!たところで手下が赤鮫より大きかったりで赤鮫にかぶりまくり(笑)
手下のリーダー(琴音さん)が慌てて手下全員を座らせます。
「おめえ、分かってるじゃねえか。」
「げひ!」
気を取り直して話し始める赤鮫。
「海の世継ぎの公子がよ!」
やっぱりやる気ナッシングな手下に、
「ちゃんと話聞いてよ~。」
「げひ!」
「海の別荘、青玉殿に来ているらしい。」
「げひ!」
「それもわずかな手勢でな!」
「げひ!」
話に夢中な赤鮫を置いてさっさと青玉殿に向かう手下たち。
はっと気づいたら誰もいないではないか。
そこで赤鮫。
「いつも言ってるでしょ?!あたしをひとりにしないで~って!ひとりにしちゃイヤ~。あたしの周りに群れて群れて~!!」
手下に翻弄されながら手下を追いかけるように青玉殿に向かう。

舞台は再び青玉殿。
赤鮫の襲撃。
腰元衆の一人が捕まっています。
公子「私の力は弱いもののためだ。生命に掛けて取り返す。」
そして、剣を抜く公子。
頼もしそうな表情の侍女一・二・三。
公子はその威厳で侍女を捕らえていた鮫を追い払います。
公子「虜を離した。介抱してやれ。」
そう言って他の侍女に解放されながら助けられる侍女の一人。
ホッとした表情の侍女一・二・三。
そこに改めて登場する赤鮫軍団。
(・・・と、千秋楽には何故か蛸も(笑)二幕開始時に何故かいらっしゃらなかった金田先生です。これがまた、赤フンにハゲづらという扮装で(爆))
手下「げーひっ、げーひっ、げーひっ、げーひっ・・・。」
赤鮫「ぜんたーい止まれ!」
手下「げひ、げひ!」
赤鮫「やいっ、公子!オレ様が赤鮫様だ!ポンポコチーン!さ、みんな一緒に!」
手下「ポンポコチーン!」
手下のパート、回を重ねるごとに客席も参加してました。
赤鮫「お前ばかり海を独り占めしやがって、ずるーい、ずるーい。」
手下「ずるーい、ずるーい。」
赤鮫「少しくらい、分けて~、分けて~。はいっ。」
手下「分けて~、分けて~。」
公子「言いたい事はそれだけか?」
赤鮫「くっそー。かっこいい!野郎ドモ、かかれ!」
ここで始まる大乱闘。
公子の剣、僧都の槍に向かう赤鮫軍団。
腰元衆も決して負けてはいません。金ダライを手下の頭上に落としたりして追い払います。
(侍女二・三は千秋楽では蛸に襲われてました。織姫さんとアイリス笑ってましたけど(笑))
公子「喰らえ!外道!」
公子が剣を一振りするとほとばしる閃光。
これは敵わないと一目散に逃げていく手下たち。
気が付くと独り残された赤鮫くん。
何を思ったか金ダライを手にして一芸。
金ダライの中に入って、
赤鮫「鮫の行水。あーあ、鮫肌でイヤに・・・って(公子をちらっと見て)あ、急に用事を思い出しました!」
慌てて立ち上がって、
赤鮫「あたしを置いて行かないで~~~~~。」
(千秋楽ではこの逃げ去る前に赤鮫が公子に対して何か駄洒落を言って、公子がつい笑ってしまうという場面も。「あ、公子、笑った。」と言って去る赤鮫でした(爆))
公子の活躍で快勝だったりで。
ご機嫌の腰元衆。
侍女一「若様の御威徳を恐れて引きました。」
侍女二「長う太く、数百の鮫のかさなって、むかでのように見えたのが、ああ、ちりぢりに、ちりぢりに。」
侍女三「めだかのように遁(に)げて行きます。」

他の侍女から報告を受けて、
侍女一「若様。黒潮騎士たちがお着きになったようです。」

公子「うむ。」

僧都「では私が出迎えに上がりましょう。」
槍を抱えたまま、向かう僧都。

公子「うむ。」

騎士「若様。」

公子「おお、帰ったか。」

騎士「もっての外は。今ほど赤鮫(千秋楽ver:・・・と、蛸に)に出くわしましたが。」

公子「何でもない、私は無事だ、御苦労だったな。」

騎士「はっ。」

公子「僧都はどうした。途中まで出向ったろう。」

騎士「あとの我ら夥間(なかま)を率いて、赤鮫を追掛けて参りました。」

公子「よい相手だ、戦闘は観ものであろう。──皆は休むが可い。」

騎士「槍は鞘に納めますまい、このまま御門を堅めまする。」

公子「さまでにせずとも大事ない、休め。」
騎士一礼して退場する。

女房に手を引かれて美女が客席から見て舞台右手階段より降りてくる。
女房、公子に一礼する。
女房「お顔をお上げ下さい。若様でらっしゃいます。」
美女、俯いたまましばし、皆無言。やがて顔を上げて、正しく公子と向き合う。瞳を据えて瞬きせず。

公子「よく見えた。(無造作に、座を立って、手を取らんと衝(つ)と腕を伸ばす。美女、崩るるがごとく、床に伏す。)」

女房「どうなさいました、貴女、どうなさいました。」

美女「(声細く、されども判然)はい、・・・覚悟しては来ましたけれど、余りと言えば、可恐(おそろ)しゅうございますもの。」

女房「(気付く)おお、若様。そのお刀をお解き遊ばせ。お驚きなさいますのもごもっともでございます。」

公子「解いても可い、(鞘に手を掛け、思慮す)が、解かんでも可かろう。・・・最初に見た目はどこまでも附絡(つきまと)う。(美女に向かって)貴女、おい、貴女、これを恐れては不可(いか)ん、私はこれあるがために、強い。これあるがためねい力があり威がある。今も既にこれに因って、めしつかう女の、赤鮫に噛まれたのを助けたのです。 」

美女「(やや面(おもて)を上ぐ)お召使が鮫の口に、やっぱり、そんな可恐(おそろし)い処なんでございますか。 」

公子「はははは、(笑う)貴女、敵のない国が、世界のどこにあるんですか。仇は至る処に満ちている─ただ一人(いちにん)の娘を捧ぐ、・・・海の幸を賜われ-貴女の親は、既に貴女の仇なのではないか。ただその敵に勝てば可いのだ。私は、この強さ、力、威あるがために勝つ。貴女と二人である時でも私はこれを解くまいと思う。私の心は貴女を愛して、私の刀は、敵から、仇から、世界から貴女を守護する。弱いもののために強いんです。毒竜の鱗は絡(まと)い、爪は抱き、角は枕してもいささかも貴女の身は傷(きずつ)けない。ともにこの刀に守らるる内は、貴女は海の女王なんだ。放縦に大胆に、不羈(ふき)、専横に、心のままにして差支えない。鱗に、爪に、角に、一糸掛けない白身(はくしん)を抱かれ包まれて、海の広さを散歩しても、あえて世に憚(はばか)る事はない。誰の目にも触れない。人は指(ゆびさし)をせん。時として見るものは、沖のその影を真珠の光と見る。指(ゆびさ)すものは、喜見城(きけんじょう)の幻景(まぼろし)に迷うのです。女の身として、優しいもの、媚(こび)あるものに、従うものに慕われて、それが何の本懐です。私は鱗をもって、角をもって、爪をもって愛するんだ。・・・刀は解くまい、と思う。おい(女房に目配せをする。女房、指輪の納められた箱を取り出し公子に差し出す。公子、指輪を取り怯える美女の手を取り指輪を嵌める。)」

美女、指輪を見て驚愕した表情
美女「・・・これは!(起直(おきなお)り、会釈す)・・・父へ、海の幸をお授け下さいました、津波のお強さ、船を覆して、ここへ、遠い海の中をお連れなすった、お力。宝玉のこの指環、(嬉しげに見ゆ)貴方の御威徳はよく分りましたのでございます。」

公子「津波位(しき)、家来どもが些細な事を。さあ、そこへお掛け。」

女房、介抱して、美女、椅子に直る。
美女、勧められた椅子を見て再び驚いたような表情。
美女「まあ、これは珊瑚?!父に下さいました枝よりは、数倍大きい。」

公子「あれは草です。較(くら)ぶればここのは大樹だ。椅子の丈は陸の山よりも高い。」

美女「まあ、そんなに? 」

公子「譬喩(たとえ)です。」

美女「お恥かしい、人間の小さな心には、ここに、見ますれば私が裳(すそ)を曳(ひ)きます床も、琅(ろうかん)の一枚石。こうした御殿のある事は、夢にも知らないのでございますもの、情のう存じます。」

公子「いや、そんなに謙遜をするには当らん。陸には名山、佳水がある。峻岳、大河がある。」

美女「でも、こんな御殿はないのです。」

公子「あるのを知らないのです。海底の琅(ろうかん)の宮殿に、宝蔵の珠玉金銀が、虹に透いて見えるのに、更科の秋の月、錦を染めた木曾の山々は劣りはしない。・・・峰には、その錦葉(もみじ)を織る竜田姫がおいでなんだ。人間は知らんのか、知っても知らないふりをするのだろう。知らない振(ふり)をして見ないんだろう。─陸は尊い、景色は得難い。絵も貴(とうと)い。」

美女「あんな事をおっしゃって、絵には活きたものは住んでおりませんではありませんか。 」

公子「いや、住居(すまい)している。色彩は皆活きて動く。けれども、人は知らないのだ。人は見ないのだ。見ても見ない振(ふり)をしているんだから、決して人間の凡(すべ)てを貴いとは言わない、美(うつくし)いとは言わない。ただ陸は貴い。けれども我が海は、この水は、一畝りの波を起して、その陸を浸す事が出来るんだ。ただ貴く、美(うつくし)いものは亡(ほろ)びない。・・・中にも貴方は美しい。だから、陸の一浦を亡ぼして、ここへ迎え取ったのです。亡ぼす力のあるものが、亡びないものを迎え入れて、且つ愛し且つ守護するのです。貴女は、喜ばねば不可(いけな)い、嬉しがらなければならない、悲しんではなりません。」

女房「貴女、おっしゃる通りでございます。途中でも私(わたくし)が、お喜ばしい、おめでたい儀と申しました。決してお歎(なげ)きなさいます事はありません。」

美女「いいえ、歎きはいたしません。悲しみはいたしません。ただ歎きますもの、悲しみますものに、私の、この容子(ようす)を見せてやりたいと思うのです。 」

女房「人間の目には見えません。」

美女「故郷の人たちには。」

公子「見えない。」

美女「(やや意気ぐむ)あの、私の親には。」

公子「貴女は見えると思うのか。」

美女「こうして、活きておりますもの。」

公子「(はっきりとした口調で)無論、活きている。しかし、船から沈む時、ここへ来るにどういう決心をしたのですか。」

美女「それは死ぬ事と思いました。故郷の人も皆そう思って、分けて親は歎き悲しみました。」

公子「貴女の親は悲しむ事は少しもなかろう。はじめからそのつもりで、約束の財を得た。しかも満足だと云った。その代りに娘を波に沈めるのに、少しも歎くところはないではないか。」

美女「けれども、父娘(おやこ)の情愛でございます。」

公子「随分、勝手な情愛だね。人間の、そんな情愛は私には分らん。(頭(かぶり)を掉(ふ)る)が、まあ、情愛としておく、それで。 」

美女「父は涙にくれました。小船が波に放たれます時、渚の砂に、父の倒伏(たおれふ)しました処は、あの、ちょうど夕月に紫の枝珊瑚を抱きました処なのです。そして、後(あと)の歎(なげき)は、前の喜びにくらべまして、幾十層倍だったでございましょう。」

公子「じゃ、その枝珊瑚を波に返して、約束を戻せば可かった。」

美女「いいえ、ですが、もう、海の幸も、枝珊瑚も金銀に代り、家蔵に代っていたのでございます。」

公子「可(よし)、その金銀を散らし、施し、棄て、蔵を毀(こぼ)ち、家を焼いて、もとの破蓑(やれみの)一領、網一具の漁民となって、娘の命乞をすれば可かった。」

美女「それでも、約束の女を寄越せと、海坊主のような黒い人が、夜ごと夜ごと天井を覗き、屏風を見越し、壁襖(ふすま)に立って、責めわたり、催促をなさいます。今更、家蔵に替えましたッて、とそう思ったのでございます。」

公子「貴女の父は、もとの貧民になり下るから娘を許して下さい、と、その海坊主に掛合ってみたのですか。みはしなかろう。なぜ、それが情愛なんです。」

美女「はい。・・・(恥じて首低(うなだ)る。)」

公子「貴女を責(せむ)るのではない。よしそれが人間の情愛なれば情愛で可い、私とは何の係わりもないから。ちっとも構わん。が、私の愛する、この宮殿にある貴女が、そんな故郷を思うて、歎いては不可(いか)ん。悲しんでは不可んと云うのです。」

美女「貴方。(向直る。声に力を帯ぶ)私は始めから、決して歎いてはいないのです。父は悲しみました。浦人は可哀(あわれ)がりました。ですが私は-約束に応じて宝を与え、その約束を責めて女を取る、─それが夢なれば、船に乗っても沈みはしまい。もし事実として、浪に引入るるものがあれば、それは生あるもの、形あるもの、云うまでもありません、心あり魂あり、声あるものに違いない。その上、威あり力があり、栄と光とあるものに違いないと思いました。ですから、人はそうして歎いても、私は小船で流されますのを、さまで慌騒(あわてさわ)ぎも、泣悲しみ、落着過ぎもしなかったんです。もしか、船が沈まなければ無事なんです。生命はあるんですもの。覆す手があれば、それは活きている手なんです。その手に縋(すが)って、海の中に活きられると思ったのです。」

公子「(聞きつつ嬉しそうに笑って)やあ、(女房に)・・・この女は豪(えら)いぞ!はじめから歎いておらん、慰め賺(すか)す要はない。私はしおらしい。あわれな花を手活にしてながめようと思った。違う!これは楽しく歌う鳥だ、面白い。それも愉快だ。おい、酒を寄越せ。」

女房「(侍女に言うように)お酒のお支度を。」
侍女一「はーい、ただ今。」
二人の侍女、二罎(ふたびん)の酒と、白金の皿に一対の玉盞(たまのさかずき)を捧げて出づ。女房盞を取って、公子と美女の前に置く。侍女三、公子に酒を注ぐ。侍女退場す。女房酒を美女に注ぐ。

女房「めし上りまし。」

美女「(辞宜(じぎ)す)私は、ちっとも。」

公子「(品よく盞を含みながら)貴女、少しも辛うない。」

女房「貴女の薄紅なは桃の露、あちらは菊花の雫です。お国では御存じありませんか。海には最上の飲料(のみしろ)です。お気が清(すず)しくなります、召あがれ。」

美女「あの、桃の露、(客席の方へ、半ば片袖を蔽(おお)うて、うつむき飲む)は。(と小(ちいさ)き呼吸(いき)す)何という涼しい、爽やかな─蘇生(よみがえ)ったような気がします。」

公子「蘇生ったのではないでしょう。更に新しい生命を得たんだ。」

美女「嬉しい、嬉しい、嬉しい、貴方。私がこうして活きていますのを、見せてやりとう存じます。」

公子「別に見せる必要はなかろう。」

美女「でも、人は私が死んだと思っております。」

公子「勝手に思わせておいて可いではないか。」

美女「ですけれども、ですけれども。」

公子「その情愛、とかで、貴女の親に見せたいのか。」

美女「ええ、父をはじめ、浦のもの、それから皆に知らせなければ残念です。」

公子「帰りたいか、故郷へ。」

美女「いいえ、この宮殿、この宝玉、この指環、この酒、この栄華、私は故郷へなぞ帰りたくはないのです。 」

公子「では、何を知らせたいのです。」

美女「だって、貴方、人に知られないで活きているのは、活きているのじゃないんですもの。 」

公子「(色はじめて鬱(うつ)す)むむ。」

美女「(微酔の瞼(まぶた)花やかに)誰も知らない命は生命ではありません。この珊瑚も、この指環も、人が見ないでは、ちっとも価値(ねうち)がないのです。」

公子「それは不可(いか)ん。(椅子から立ち上がって)貴女は栄燿(えよう)が見せびらかしたいんだな。そりゃ不可ん。人は自己、時分で満足をせねばならん。人に価値をつけさせて、それに従うべきものじゃない。(近寄る)人は自分で活きれば可い、生命を保てば可い。しかも愛するものとともに活きれば、少しも不足はなかろうと思う。宝玉とてもその通り、手箱にこれを蔵すれば、宝玉そのものだけの価値を保つ。人に与うる時、十倍の光を放つ。ただ、人に見せびらかす時、その艶は黒くなり、その質は醜くなる。」

美女「ええ、ですから・・・来るお庭にも敷詰めてありました、あの宝玉一つも、この上お許し下さいますなら、きっと慈善に施して参ります。」

公子「この宮殿のものは皆、貴女のものです。自由にするが可かろう。施すは可い。が、人知れずでなければ出来ない、貴女の名を顕(あらわ)し、姿を見せては施すことにはならないんです。」

美女「それでは何にもなりません。何の効(かい)もありません。」

公子「(色やや嶮(けわ)し)随分、勝手を云う。が、貴女の美しさに免じて許す。歌う鳥が囀(さえず)るんだ、雲雀は星を凌ぐ。星は蹴落さない。声が可愛らしいからなんです。(女房酌す。 )」

美女「(怯(おく)れたる内端な態度)もうもう、決して、虚飾(みえ)、栄燿(えよう)を見せようとは思いません。あの、ただ活きている事だけを知らせとう存じます。」

公子「(冷(ひやや)かに)止(よ)したが可かろう。」

美女「いいえ、唯今も申します通り、故郷(くに)へ帰って、そこに留まります気は露ほどもないのです。ちょっとお許しを受けまして生命のあります事だけを。 (公子、無言にして頭掉(かぶりふ)る。美女、縋(すが)るがごとくす。) あの、お許しは下さいませんか。ちっとの外出(そとで)もなりませんか。」

公子「(爽(さわやか)に)ここは牢獄ではない、大自由、大自在な領分だ。歎くもの悲しむものは無論の事、僅少の憂(うれい)あり、不平あるものさえ一日も一個(ひとり)たりとも国に置かない。が、貴女には既に心を許して、秘蔵の酒を飲ませた。海の果、陸の終、思って行かれない処はない。故郷ごときはたた一飛、瞬きをする間に行かれる。(愍(あわれ)むごとくしみじみと顔を視(み)る)が、気の毒です。 貴女に、その驕(おごり)と、虚飾(みえ)の心さえなかったら、一生聞かなくとも済む、また聞かせたくない事だった。貴女、これ。 (美女顔を上ぐ。その肩に手を掛く)ここに来た、貴女はもう人間ではない。 」

美女「ええ。(驚く。)」

公子「蛇身になった、美しい蛇になったんだ。」
美女、瞳を(みは)る。
公子「その貴女の身に輝く、宝玉も、指環も、紅、紫の鱗の光と、人間の目に輝くのみです。」

美女「あれ。(椅子を落つ。侍女の膝にて、袖を見、背を見、手を見つつ、わななき震う。雪の指尖(ゆびさき)、思わず鬢(びん)を取って衝(つ)と立ちつつ)いいえ、いいえ、いいえ。どこも蛇(じゃ)にはなりません。一(い)、一枚も鱗はない。」

公子「一枚も鱗はない、無論どこも蛇(へび)にはならない。貴女は美しい女です。けれども、人間の眼(まなこ)だ。人の見る目だ。故郷に姿を顕す時、貴女の父、貴女の友、貴女の村、浦、貴女の全国の、貴女を見る目は、誰も残らず大蛇と見る。ものを云う声はただ、炎の下が閃く。吐く息は煙を渦巻く。悲歎の涙は、硫黄を流して草を爛(ただ)らす。長い袖は、腥(なまぐさ)い風を起こして樹を枯らす。悶ゆる膚(はだ)は鱗を鳴(なら)してのたうち蜿(まわ)る。ふと、肉親のものの目に、その丈より長い黒髪の、三筋、五筋、筋を透(すか)して、大蛇の背に黒く引くのを見る、それがなごりと思うが可い。」

美女「(髪みだるるまでかぶりを掉(ふ)る)嘘です、嘘です。人を呪って、人を詛(のろ)って、貴方こそ、その毒蛇です。親のために沈んだ身が蛇体になろう筈がない。遣って下さい。故郷(くに)へ返して下さい。親の、人の、友だちの目を借りて、尾のない鱗のない私の身が験(ため)したい。」

公子「大自由大自在の国だ。勝手に行くが可い、そして試すが可かろう。」

美女「どこに、故郷(ふるさと)の浦は・・・どこに。」

女房「あれあすこに。(故郷の方向を指(ゆびさ)す。)」

美女「おお、(身震(みぶるい)す)船の沈んだ浦が見える。」
舞台暗転して女房と美女の居る場所がせり落ちる。
銀橋左手より再び東中軒雲国齋登場。
三味線に乗せて以下の内容の様なことを一唸りされました。
鱗を持って、角を持って、爪を持ってあなたを愛す。公子のことの言葉に海の御殿で活きていく事を決心した美女であったが、自分が無事に活きてる姿を一目でも親に見せたいと。そして、公子に言われた事を確かめようと故郷の浦に帰った美女であったが、その身は既に白い大蛇と成り果てている。懐かしい故郷であったが、誰一人として美女だと気付く者はおらず恐ろしい蛇の姿に逃げまどうばかり。この身は変わり果てようとも本当の心を見て欲しかった・・・。悲しくなって美女は海の御殿へと逃げるように引き返します。

舞台は再び青玉殿へ。
女房と美女が戻っている。
美女、打ちひしがれた様子で女房が介抱している。

公子「(悠然として)故郷はどうでした。・・・どうした、私が云った通(とおり)だろう。浦の者は、貴女のその恐ろしい蛇の姿を見て気絶した。貴女の父は、下男とともに、鉄砲をもってその蛇を狙ったではありませんか。渠等(かれら)は第一、私を見てさえ蛇体だと思う。人間の目はそういうものだ。そんな処に用はあるまい。泣いていては不可ん。」
美女、泣き続ける。
公子「 不可ん、おい、泣くのは不可ん。(眉を顰(ひそ)む。)」

女房「(背を擦(さす)る)若様は、歎悲(かなし)むのがお嫌(きらい)です。御性急でいらっしゃいますから、御機嫌に障ると悪い。ここは、楽しむ処、歌う処、舞う処、喜び、遊ぶ処ですよ。」

美女「ええ、貴女方は楽(たのし)いでしょう、嬉しいでしょう、お舞いなさい、お唄いなさい、私、私は泣死(なきじに)に死ぬんです。」

公子「死ぬまで泣かれて堪(たま)るものか。あんな故郷(くに)に何の未練がある。さあ、機嫌を直せ。ここには悲哀のあることを許さんぞ。 」

美女「お許しなくば、どうなりと。ええ、故郷の事も、私の身体も、皆、貴方の魔法です。 」

公子「どこまで疑う。(忿怒(ふんぬ)の形相)お前を蛇体だと思うのは、人間の目だと云うのに。私の・・・魔・・・法。許さんぞ。女、悲しむものは殺す。」

美女「ええ、ええ、お殺しなさいまし。活きられる身体ではないのです。」

公子「(憤然として立つ)黒潮等は居らんか。この女を処置しろ。」

黒潮騎士団、槍を持って現れる。美女を引立て、黒髪の乱るるを掻(かいづか)んで、押仰向(おしあおむ)かす。長槍(ながやり)の刃、鋭くその頤(あぎと)に臨む。

女房「ああ、若様。」

公子「止めるのか。」

女房「お床が血に汚れはいたしませんか。」

公子「美しい女だ。花をむしるのも同じ事よ、花片(はなびら)と蕊(しべ)と、ばらばらに分れるばかりだ。あとは手箱に蔵(しま)っておこう。─殺せ。(騎士、槍を取直す。) 」

美女「貴方、こんな悪魚の牙は可厭(いや)です。御卑怯な。見ていないで、御自分でお殺しなさいまし。」

公子「 (美女の言葉に頷いて、立ち上がる)お前たちは下がれ。」
公子の命で黒潮騎士団、女房ともに退場する。
公子、無言にてつかつかとより、躊躇わずに剣を抜いて美女の首に当てる。

美女「ああ、貴方が私を斬る、私を殺す。」

公子「ああ、斬る。ああ、殺す。」

美女「嬉しい・・・。」

曲「♪すべては海へ」
舞台は宮殿の姿なく何もない状態。
ただ公子と美女のみが在る。
公子、美女と手を携えて一歩踏み出すと、花が降ってくる。
美女「一歩(ひとあし)に花が降り、二歩(ふたあし)には微妙の薫、いま三あしめに、ひとりでに、楽しい音楽の聞こえます。ここは極楽でございますか。」

公子「女の行く極楽に男は居ない。男の行く極楽にも女は居ない。ここは私と貴女、二人だけだ。」

美女「(公子に向かって頭を下げて)幾久しく・・・。」

舞台中央、二人のいる処がせり上がる。
美女を抱きしめる公子。
公子の背に首に手を回す美女。
幕。
このクライマックスがですね、さくらさんの妖艶さに引き込まれまくりでした。
幕が降りる寸前、公子の首に手を回している時の表情がね、とにかく色っぽくてvv
マリアさんはやっぱりかっこいいし☆

☆フィナーレ☆
若手ダンサー(パフォーミング・アート・センター(一馬役・野沢那智さんの主催する演劇学校)の生徒さんたちです)によるロケットダンス。
何だか宝塚の新人お披露目のロケットダンスを思い出しました。
千秋楽では薔薇組も巴里花組ライブのときの衣装を着て、一緒に踊られてました(笑)
妙に揃ってて綺麗でした♪
しかし、菊ちゃんはやっぱり体柔らかいです。脚がめっちゃ上がってました。
琴音さんも頑張ってましたよ(笑)
曲「花組レビュウ(改)」

☆アンコール☆
・・・と、いったらやっぱり「♪ゲキテイ」でしょう!!
不肖、私めもばっちり踊らさせて頂きました(笑)
日替わりゲストだとラサール石井さんと清水よし子さんは一緒に踊って下さったんですよ♪
島崎さんはアダモちゃんのかっこして下さいました(爆)
千秋楽ではこの「♪ゲキテイ」2回やって下さいました。
曲終了後、花組さんからご挨拶が。

千秋楽では幕が一旦しまってから「もう1回!」って言う代わりに、有志の方たちの呼びかけでキャストの方への感謝の意を込めて、客席からのプレゼントということで「♪花咲く乙女」の2番を合唱しました。
その場の雰囲気に感動しました。
舞台上で役者さんたちも涙ぐんでいた様子でした。特に琴音さんがボロボロで。
広井さんも舞台に呼ばれて中央の階段で皆でポーズ!
ラストはまたもや金ダライが。
一緒に落ちてきたその中身は・・・
「また来年お会いしましょう!」だったとか。

・・・と、いうわけでここまでお付き合い頂きまして有り難うございました。
以上で五周年記念公演「海神別荘」の報告を終了させて頂きます。

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